フィヨルディア

□第6話:それぞれの苦悩
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「茉莉ちゃん、もっと分かりやすく説明してあげないと、紅華、考える顔のまま止まっちゃってるよ」
「…補足致します。わたくしは人間ですが、ここにはもう、かれこれ二千年以上は留まり続けております。いくら人間の子供と言えども、二千年生きていれば、子供らしさは無くなろうというもの…子供らしさはおろか、人間らしさすら失って当然でしょう」
「……えっと…そんな長い間、ここに留まっているっていうのは…つまり…」
「お察しの通りかと。貴女様方と同じように仮死状態のまま、未だ目覚めていないということです。紅華様が事故に遭われたのは、2010年の11月でしたね? もしわたくしが生きているのだとしたら、その時点で十三歳。仮死状態になってから、三年と六ヶ月でしょう」
「………」

三年半。つまり、何らかの原因で昏睡状態ということなのだろう。しかし、二千年…三年半が二千年に相当するとは、随分とゆっくり時間が進んでるものだ。

「あ〜、俺からもちょっと補足。茉莉ちゃんは少し特別でさ、現実で仮死状態になった時間とここに現れた時間に、結構ズレがあったんだよね」
「どういうこと?」
「ん〜とさ、この世界と現実の時間はほとんど関係ないから、人によって過ごす時間もバラバラなんだけど、大体は現実で同じ頃に仮死状態になった奴がこの世界でも同じ時間に集まるんだよ。今この世界で紅華の周りにいる奴らは、紅華が事故に遭った日と似たり寄ったりの頃に仮死状態になってるだろ?里乃は紅華の一日前に元恋人に刺されてる。優とカナだって、三日前や一週間くらい前とかだったはずだ」
「そうね。確か優が三日前で、カナが六日前って聞いたわ」
「そうやって同じくらいに仮死状態になった奴が集まる中、茉莉ちゃんは自分より何十年か前に仮死状態になった奴が集まってる時間に現れたんだ。自分が生まれるより前の時間。自分が生まれた頃には、とっくに目覚めるか死ぬかしてる人間が集まってる空間に」
「…それはまた…難儀な状態ね」
「思えばその時点で、ここで何千年も過ごすと決定していたのかもしれませんね」

自嘲めいた笑みは、確かに子供らしくない。でも、人間らしくないとは思えなかった。少し疲れたような笑み。人間が、苦しい時にする笑い方だ。
もし茉莉が、今も私達と同じ法則でこの世界に留まっているんだとしたら、それはつまり、二千年経った今でも現実を捨てられていないと言う事だ。現実の自分は、いつ目覚めるのかわからない。そもそも、目覚める時が来るのかもわからない。途方もない時間を、現実への未練を捨てる事もできないまま漠然と過ごすと言うのは、一体どんな気持ちなんだろう。

「ここへ来た当初は、わたくしにも専属の悪魔が付いていました。ですが、その悪魔はわたくしのせいで死にました。いつまで経っても死なないせいで魂を奪えず、いつまで経っても目覚めないせいで次の人間に付くことも出来ず…そのまま、魂が不足して消滅していきました。…それが、フィヨルドの前主です」
「え…」
「前主、東雲【シノノメ】。茉莉ちゃんは人間だから魂を食わなくても生きていられるけど、前主は悪魔だったからそうはいかない。だから他の悪魔と同じように、人間に付いて魂を奪ってたんだ。フィヨルドの全権を持ってたのは今と変わらないけど、前はもっと、他の悪魔と主に大きな違いはなかったみたいだよ?当然、俺は会った事ないからよく知らないけどさ」
「…前主が悪魔で、今は人間って…。一体、主ってのはどういう基準で決まってるのよ」
「主が何らかの理由で消えた時に、次の主に相応しい人物に自動的に権限が継承されるらしい。悪魔だとか人間だとかは関係なく、本人の意思すら無視で、勝手に選ばれるんだってさ。理不尽だよな〜」
「前主の東雲は、他の悪魔達から慕われていました。その彼を事実上消滅に追い込んだわたくしを、悪魔達が快く思うはずがありません。わたくしが新たな主になった事を良しとせず、ほとんどの悪魔が人間になる事でこの世界を去りました。残った数名の悪魔も、次第に人間になる道を選んだり、魂の不足で消滅。前主の時代から今なおこの世界で生きているのは、わたくしを除いてただ一人です」

突然知らない世界で目覚め、現実に戻る事も出来ず、意図せず悪魔を殺す事になってしまい、恨まれ、挙げ句にそんな理不尽な世界の主にされてしまった、幼い女の子。二千年という歳月は、少女から年相応の子供らしさを奪ってしまった。それでも死ねない程に執着している現実を、忘れられないまま過ごす二千年というのは、どれだけ長いものなのか。そして、どれだけ苦しいものなのか。どんな思いで生きて、どんな思いで人の魂を奪って、どんな思いで帰っていく人を見ているのだろう。
その答えがさっきの茉莉の笑い方なんだとしたら、それはあまりに悲しすぎる。
 
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