フィヨルディア

□第7話:家族
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〜家族〜



ガコン、と音を立てて、ビリヤードの球が落ちる。お気に入りの場所の一つである、遊戯室。先日と同じように、仄と弥生がビリヤード対決をしていて、私と里乃は少し離れた所でカクテルを飲みながら雑談していた。前と違うのは、今回はたまたま会ったのではなく、私が里乃を誘って来たということ。暇があればお互いに誘って遊ぶくらいには、里乃と仲良くなっていた。
そもそも私は一人で里乃の部屋に行こうとしていたのに、またもや仄に見付かり、ちょろちょろと付いて来られた。無視して歩き、目的の部屋の前に着いて、里乃に『遊戯室でお酒でも飲まない?』と声を掛けて了承を得た…まではよかったのだが、仄が隣の部屋のドアを盛大に開けて、『弥生〜!紅華と里乃が遊戯室行くって!』とか声高に呼び掛けてくれた。だから何だと言いたげに出て来た弥生(ごもっともだ)を、半ば引き摺るようにして遊戯室に向かう道程は、申し訳なさすぎて非常に居たたまれなかった。挙げ句に、仄がふっかけたビリヤードの相手までしてもらっている。なんていい人…いや、悪魔なんだ。おかげで私と里乃はゆっくり雑談を楽しめているが、彼は大丈夫だろうか。

「だ〜か〜ら、なんでその位置から突いて当たるんだって!なんのトリックだよ!?」
「お前は、またそんな事言ってるのか…飽きないな」
「飽きる飽きないじゃないだろ!…何か、台に仕掛けが…」
「この前、花音も同じ事を言っていたぞ」
「はあ!?あのクソ女と一緒にすんなよ! あいつと比べりゃ、まだ俺の方が賢く見えるだろ!?」
「そうだな…俺はどちらかと言うと、お前の方がバ…賢くなく見えるがな。……いや、似たようなものか」
「だから、一緒にすんな!………てかそれ、俺の方が馬鹿にされてね!?」

…何やら楽しげだし、大丈夫そうだ。弥生も、あれはあれで楽しんでいるのかもしれない。そう信じよう。
視線を里乃に戻すと、彼女は彼女で、楽しそうに二人を眺めていた。…二人…なのだろうか。感情を表に出すのが苦手な里乃が、柔らかく微笑んでいる視線の先…そこにいるのは、本当に二人?
以前、同じシチュエーションでした会話を思い出す。現実に帰ろうとしている里乃と、それを帰そうとしている弥生。仄が私が帰るのを応援してるのとは、別の意味の…愛情。それが本当に恋愛なのか、それとも親愛なのかはわからない。ただ確かなのは、どんな類いだとしても、それが愛情だということ。きっと、帰ってほしいんじゃない。死んでほしくないんだ。生きて、幸せになってほしい。でも、そう願えば願う程、弥生は自ら里乃を死に近付けていく。…今の里乃は、私の目から見ても明らかに、弥生に惹かれていた。

「里乃」
「…ん?…どうしたの、紅華?」
「……里乃は、弥生が好きなの?」
「………」

本当は、訊いちゃいけない事なんだと思う。でも、訊いてみたかった。私と同じで帰る意思の強い里乃が、この世界に大切なものが出来てしまったら、どうするのか。どうすればいいのか。…例えば、私が仄を大切だと思ってしまったら?
そう、結局、知りたいのは自分の事だ。今ならまだ、私は仄を置いて平気で帰れる。愛着はあっても、離れればそれまでの繋がり。でももし、何ヶ月、何年もここで生活する事になった時、この愛着が執着に変わってしまう事が、ないと言い切れるだろうか。そうなったら、私はどうする?
いや、答えはわかってる。私は絶対死なない。だから私が感じているのは、現実を捨ててしまうかもしれない不安じゃなくて、必ず別れる人を好きになってしまう恐怖だ。最後には必ず捨てる相手…その人に執着する恐怖。もしかしたら、里乃は既に、その恐怖が実現しているのかもしれないと思った。だから、聞きたい。里乃が、どうやってその恐怖に堪えているのかを。上手い誤魔化し方があったら教えてほしい。近い将来、私は里乃と同じ場所に立っている…恐ろしい事に、その可能性がないとは言えないから。

「あ…別に、恋愛の意味に限った事じゃないの。ただ、…」
「…好きだよ」
「え…」
「…私、弥生が好き。…多分、紅華が考えてるのと同じ意味で…好き」
「……」
「…でも、帰るよ。…帰りたくないなんて思わない。…死にたくないし、死んじゃいけないの」
「死んじゃ…いけない?」
「…死んじゃ、いけない」

まるで、義務みたいな言い方だ。それなのに、里乃は嬉しそうだった。私は生きなくちゃいけない、と…言葉だけ聞けば自分を追い詰めてるみたいなのに、それが誇らしく、いい事のように。生きる事が、願望から義務に変わるだけの、何かを現実に残して来たのか。そう言えば、家族を残して来たと言っていた。
 
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