フィヨルディア

□魂譚〜初めての願い〜
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【初めての願い】



この世界がいつから在ったとか、悪魔はどこから来るのかとか、詳しい事は誰も知らない。一説によれば、神様という奴が遊びで作った世界で、悪魔も神様が生み出した玩具だとか。また一説によれば、仮死状態の人間を救済するために天国の奴らが用意した場で、悪魔はそれを阻止しようとする地獄からの使いだとか。他にも、この世界は元は仮死状態の人間が作ったとか、悪魔は天使の成り損ないとか、自分で選択出来ずに死んでしまった人間が悪魔になるとか、そもそもこの世界も悪魔もどこから来たわけではなく、自然発生したものとか…要するに、何も分かっていないわけだ。昔の奴らは、記録に残すという発想がなかったらしい。
とにかく、この訳の分からない世界で、悪魔はある程度の人格を持って生み出される(もちろん、この人格がどこから来てるのかも分からない)。ただ、生み出された瞬間からペラペラお喋りが出来るというわけではなく、人格と知識が完全に備わるには、半月から、長くて一ヶ月程の時間が掛かる。生まれた時から姿形は完成しているけれど、中身は真っ白。そこに、個人差はあるけど一般的に不自由ない程度の言語や知識が、時間と共に定着…悪魔の中では、これを《馴染む》と言っている。

「―――名は?」

人間の赤ん坊とは違って、生まれた瞬間の光景を覚えているには覚えている。ただ、言葉も何も知らないから、本当に見たままの光景が、録画のように脳に記録されてるに過ぎない。何も分からないわけだから、当然、目の前の少女が問う言葉の意味も分からない。けど、空っぽの悪魔に最初に馴染むのは、自身の名前だと決まっていた。だから少女は、意味が通じない事は前提で問い掛ける。問われたという事も、喋るという動作も知らないけど、ただ一つ頭の中にある言葉…悪魔が最初に口にするそれが、その悪魔の名前だと知っているから。

「―――…仄」

この時点では《名前》と言うより《音》としか捉えていないそれを、自分でも何が何だか分からず声に出す。少女は納得したように頷き、それ以上は何も問わなかった。
それからすぐに、部屋のドアが開いて、暗い室内に明かりが差し込む。初めての《眩しい》という感覚に目を細めると、続けて少女とは違う声がした。もちろん、人が増えたなんて認識できないわけだけど。

「茉莉。また悪魔を生み出したのか」
「ええ。ホノカ、というそうです」
「六日前にも生み出したばかりだろう。確か、都…といったか」
「先日、悪魔が一人消滅したでしょう。その補充と…最近、ここに来る人間の数も増えているので、悪魔も増員すべきかと」

話している内容は分からない。それが会話だという事すら分からないけど、目に映る少女の顔がひどく悲しそうに見えたのははっきりと覚えている。後で知った事だけど、この時言っていた消滅した悪魔というのは、時雨を残して、前主・東雲の代から存在している最後の悪魔だったらしい。

「…それはそうと、弥生。この悪魔が完全に馴染むまでの間、管理を任せてもよろしいですか?」
「ああ、それは構わない。都の管理をするついでだ」
「面倒を掛けます。今のところ、貴方以上に世話上手な悪魔がいないもので」

苦笑する男に、少女が部屋の場所を指定する。そこから先は、あまり覚えていない。だからここまでが、俺が記憶する《自分が生まれた瞬間》だ。

  ***

生み出されてから三週間が経った頃には、大分自我が定着していた。まだ知識不足なとこはあるけど、自分で知識不足だと認識出来るくらいには、常識や思考力は備わっている。完全に馴染むまで、あと僅か…そんな日の事だった。
何だか妙に視線を感じて、閉じていた瞼を開ける。どうやら、いつの間にか眠っていたらしい。けど、自分が眠っていたと気付くより先に、目の前に知らない奴が立っていた事に驚いて飛び起きた。

「…!?」
「お、動いた」

思わず後ずさった俺を見て、そいつは何か関心したようにそう呟いて、しげしげと見つめてきた。いや、見つめるなんてもんじゃない。これは、観察されている。観察日記でも付ける気かお前は、というくらい興味深そうに眺めている。
 
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