ノット・レストインピース
□7,パンドラ
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「おや、何故ですか? バクテリアンラボと言えば、数ヶ月前暴走したキンオブゴッドによる事件を引き起こした組織ではありませんか」
「ええ。だからこそというのもあります」
「あなたの考えは読めませんね。本来ならばそのような前科のある組織には任せず、自分で管理するか或いはキンを秘密裏に“処理”しようと思うのが普通です。
ロウさん、あなたは一体何を考えていらっしゃるのです?」
「ああ、流石にそれは言えませんね」
話している間にケーブリスに囲まれたメタルドットが、少しだけその包囲網に隙間を作る。
そこからメタルドットを少しずらし、まるであの時の如く増殖を繰り返すキンオブゴッドで逆にケーブリスを囲む。
「一応俺も責任は感じているんですよ。
まさか自分がキンオブゴッドを生み出して、しかもそれを捨てず未だシャーレの中で保管していると知れたらどうなるかくらい分かってます。
ただね、生まれ落ちた以上、生み出した人間が責任を取らなければならないわけです」
「成る程。だからこそ、誰にも見せなかった」
「ええ。時がくるまでは。――とはいえ、もし見せたとしてもこのキンオブゴッドなんて無害に等しい存在ですよ」
トバルカインの持つバトルタクトの先端が緩やかに円を描き、十分に増殖したロザリアが少々数を減らしたキンオブゴッドを包囲する。
「……と、言うのは?」
「見て分かりませんか? つまり、“既にキンオブゴッドの特性は完全に失われている”ということです」
ぴく、とトバルカインの眉が動く。
それが疑念だったのかまた別のものなのか、二人の傍にいるカズキには勿論対峙しているロウにも分からない。
ただロウはその変化に眼を細めて息を吸った。
「キンオブゴッドは様々なキンを喰らい最終的には人の命さえ喰い物にするようになった“悪魔”だった。しかし今はその力は失われています。人の命を削り取り喰らう事はなく、キンを貪欲に取り込む事もない。
ですからこれは――そうですね、キンオブゴッドの贋作とでも言いましょうか。或いは出来損ない、もしくは偽神」
ロザリアやケーブリスの攻撃を受けてすぐさま散っていくキンオブゴッドを見下ろして、ロウは肩を竦める。
既にその力が失われてしまった以上、ただのキンとそう大差ない。残っているのはSサイズに負けるとも劣らぬ増殖力と、Lサイズに匹敵するとも知れない攻撃力のみ。
しかしそれもたかが知れたものとなると、最早これはキンオブゴッドと名を付けて良い物かどうかすら分からない。
「隠していたのは無用な混乱を避ける為でもありますし、これを利用して再び本当のキンオブゴッドを誕生させようとする馬鹿を刺激しない為です」
普段以上に饒舌に語るロウに、カズキは途中で疑問を挟むこともできなかった。
微笑んだトバルカインも口を噤み、ただ無言でバトルタクトを動かしている。
時折鳥の声が聞こえてきたり葉擦れの音がする以外は静かな教会周辺に、ロウの声だけが響く。
「これは迂闊に触れてはいけない。あなたの言うとおり、災厄の指標となり得る可能性を十二分に秘めたパンドラの箱です。
だからこそ俺が管理するんです。もう二度とあんな事を起こさない為にも」
言い切ったロウの手が動き、それとほぼ同時にトバルカインの手も動く。
――だが、彼等のキンが動き出すよりも早く、制限時間が切れた事を示す音が鳴った。
「…………今回は俺の負け、ですね」
表示された文字に、ロウはやれやれとでも言うように苦笑した。