ノット・レストインピース

□プロローグ
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 妙に重く響く震動の中、男は硝子の向こうに見える風景に歯噛みした。
 紫色の水面が、塗り替えられていく。
 バクテリアンラボの実験と研究の犠牲となったキン達の墓場が、澄み切った水に満たされていくのを見て男は白衣の裾を強く握り締める。
 周囲では叫び声や怒鳴り声や狼狽えた声が絶え間なく行き交い、廊下や部屋を走り回る慌ただしい足音が包み込んでいたがそれさえ気にならない。

「…………まさか、」

 ああ、そのまさか。
 全てが終わった。
 たった一人が、全てを終わらせたのだろう。
 その身に仲間達の、この島に生きる全ての生き物やキン達の思いを一心に受けて。きっと。
 しかしそれは、男にとってはそう簡単に喜べるものではなかった。
 計画の全てが頓挫した。その事を、どうすれば容易く受け入れられるだろうか。
 確かに“彼”の行った行為は恐らく間違っていたのだろう。どこで、どこまで間違っていたのかは分からないが、あのキンが暴走を起こしてしまったのだからどこかで間違いがあったのは間違いない。
 だから、これは確かに正義だ。
 あのままでは自分達も感染してしまったかもしれないのだから、そう考えれば寧ろ自分達は全てを終わらせた存在に対して感謝すべきだろう。
 そして、改心すべきだ。
 自分達はとんでもなく愚かな行為をしたと懺悔し、全てを改めて生きていくべきだろう。
 男もそれを理解していた。しかしなまじ理解しているが故に、男にとっては耐え難い屈辱であった。

「……シン様」

 きっとあの泉に居るであろう彼の名を口の中で呟いて、男は綺麗に磨き上げられた硝子にそっと触れた。

「あなたの意志は、私が受け継ぎます」

 小さかったが、確かな声だった。自分が思う事に何の疑問も抱かぬ純粋すぎる声。
 かなり離れた場所まで響いてくる嫌な地響きが収まった頃、男は噛み締めるように呟いた。


「あなたは、間違ってなんかない」



 
 

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