ノット・レストインピース
□1,謎の邂逅
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「――そういえば……最近、森で変な人影を見るんだよね……」
事の始まりは、授業が全て終わってあとは帰るだけという所でマキがぼそりと呟いたその言葉だった。
森の奥に住み、ヴェルの森をまるで自分の庭のように把握している彼女はそれ故にか森の中に現れる不審者と出会すことが多い。
それこそ、今では過去の事となってしまったバクテリアンラボが起こした一連の騒動の中でもそうだ。黒い全身タイツにカラフルなスカーフを着けたバクテリアンXを見掛けたり、バクテリアンラボ四天王の一人であるスレッジ・ボマーに出遭ってしまい誘拐されてしまったり。
そんな彼女が口にした事は、教室にいる皆に『また何か事件でも起こったのか』と思わせるに十分すぎる力を持っていた。
「変な人影って、どんな奴なんだ?」
「マキちゃんちゃんと逃げ切れたっスか?」
「まず先生に報告した方がいいんじゃない? 何ならオレも一緒に報告してあげるよ!」
「おいおい、ゴローは怪しい奴なんて見たことないだろ?」
「え、えっと……」
今まで他の話――例えば自分が世話をしている花たちの事、キンバトルの事、もうすぐ開催されるであろうバトルトーナメントの事などを自由に話し合っていたクラスメイト達がマキへと矢継ぎ早に話しかけた。
彼等の顔を見て、マキはまず誰に答えるべきかと視線を泳がせる。
順番に答えていけばいいのだろうが、誰が何を言ったのかさえ最後の辺りではあやふやになっている。
どんな人影だったのか、とか。そういう言葉は聞こえてきたのだが。
そしてマキが最終的に選んだのは、自分に話しかけなかった他の誰かに助けを求める事だった。
「……ロ、ロウくん、」
不審者の話が持ち上がろうとも我関せずを貫き、机に向かったままの後ろ姿に小さく声を掛ける。
数秒ほどのタイムラグはあったものの、それでも彼は肩越しに振り返りマキを見た。
「ダイスケが“どんな奴だったか”、ヤスが“ちゃんと逃げ切れたのか”、ゴローが“まず先生に報告したほうがいいんじゃないか”かな?」
話だけは聞いていたのか、ロウはすらすらと全てを言い当てる。だがそれだけだ、マキに対して助け船らしい言葉はかけない。
とはいえこれだけでも十分だから、とマキは口許を綻ばせた。
「あ……ありがとう、ロウくん」
「別にいいよ。っていうか、その変な人影って何? バクテリアンX?」
上体を捻り、椅子の背もたれに両腕をおいてロウは小首を傾げた。
変な人影や怪しい人影から連想されるものといえばバクテリアンXくらいのものだ、と特撮ものにでも出てきそうな出で立ちの彼等を思い出す。
「ち、違うよ……全身タイツじゃなかったもん」
「じゃあ、普通の人じゃない?」
「そう思いたいんだけど……」
今まで黙っていたメグミに問われ、マキが俯く。
それは確かにそうだと思う。マキ自身あまり人を疑いたくないし、出来れば普通に森に入ってきた人影であって欲しいと思う。だが、怪しい人物ではないと言い切るにはあまりにも情報が少なかった。良い意味でも悪い意味でも、だ。
「何だか、見たことない服を着てて……」
遠くて良く見えなかったけど、と付け加えたマキの言葉に、今この場にいるほぼ全員が首を捻る。
彼女の言い分は分からなくもない。ナノアイランドは確かに文化もさほど遅れているわけではないし、キンという要素を除けば大体が外の世界と似通っている。だが、それでもここは“忘れられた島”だ。外の世界ではあって当然の日常的なものが無いことだって少なくない。
だから、マキが自分が全く見たことのない服装をした人影を見て不審に思うのも当然と言えば当然だ。
「見たことのない服、ねぇ……」
独り言のように呟いて、ロウはちらりとマキを見た。
「それじゃ、今から森の方行ってみる?」
「え……ロウくん、いいの?」
「どうせ暇だし、その人影俺も見てみたいし。今日も居るかどうかは分からないけど、見に行ってみて損はない」
へらへらと笑い、ロウは身体の向きを直す。
よいしょ、と言いながら立ち上がり、机の上に置いていた鞄を掴み、彼は「そういえば」と声を上げた。
「皆は、どうする?」
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