ノット・レストインピース
□2,トバルカイン
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「それでは、あなた達三人は“森で変な人影を見掛けるようになったから実際に森の中に入って確かめようとしていた”と……」
「そういうことです」
「成る程。よく解りました。……しかし、危ないのではありませんか? 子供が三人だけで森の中に入って、その怪しげな人物の詳細を掴もうなんて」
まだバクテリアンラボの事件が終わってさほど日も経っていないのですよ? と、男はそう続けた。
メグミとロウ、そして森の中で出会った男は既にヴェルの森から出て、この島で一番大きな街であるナノタウンへと歩を進めていた。
そして歩きながら何故下校途中にあんな場所に居たのかと問われ、その理由を告げる事になったのだ。メグミ達の言う“変な人影”が自分だと気付いているのか気付いていないのか、男は諭すような口調で話している。
そして彼曰く、自分が森の中に居たのは道に迷ってしまった所為だと言う。
『ナノタウンに買い出しに行こうと思ったのですが道に迷って、どうすればいいかと困り果てていたら話し声が聞こえたので取り敢えずそちらの方向に行って、そうしたらあなた達が居たんですよ』――とは、彼の言葉だ。
しかしそうなると、彼の家もまたマキと同じようにあの森の中にあるということになる。
だがそれを問うよりも先に聞くことは、結構あった。
「……ところで、誰ですか?」
遠慮もせず、メグミと自分の間に居る男へとロウは尋ねた。
まだ自分達は彼の名前を知らない。彼もまた、自分達の名前を知らない。
ナノタウンまではまだ少しかかるだろうから、その間にお互いの自己紹介を終えておくのが一番いいだろう。歩く間の暇潰しにもなる。
男はロウに問われてようやく自分が名乗っていない事に気が付いたらしく照れくさそうに笑っていた。
「これは失礼しました。確かにまだ皆さんに名乗っていませんでしたね」
はは、と笑い頭を掻いて、男はそっと自らの胸に手をやった。
「私はヴェール教会司祭のトバルカインと申します。トバルとでも呼んで下さい」
聖職者然とした微笑を崩さぬ男――トバルカインの肩書きに、ロウは思わず笑みを零した。
「何だ、やっぱり神父様だったんですね」
「やっぱり、って……あなた、私が何者なのか分かっていたんですか?」
「一応。確証はなかったけど、そういう格好で思い付くのは神父様くらいだなあって」
神父――外の世界に存在する宗教における位階の一つである司祭への呼称。
ロウの言う確証とはただ外見を真似ただけなのではないかという可能性の事だ。服装を真似る事なら、外の世界に関しての情報がほんの少しあれば容易に出来る。その可能性を捨て切れていなかったわけだが、トバルカイン自身が自らを司祭と称したことで確証に変わった。
――しかし、こうなるともう一つ疑問が浮かぶ。
彼が外の世界の宗教を知っていて、尚かつ司祭の格好をできているとなると、もしかして。
「……もしかして、トバルさんも俺と同じ外の人間なんですか?」
自分と同じだという事も考えられるのではないか。
それも、自分よりも以前にこの島を訪れた外の人間。
ナノアイランドは案外狭い島だ、何か事件が起こればすぐに知れ渡ってしまう。自分がこの島に引っ越してきたことだってそうだし、バクテリアンラボの事件もそう。だから、自分が引っ越してきてから彼がここに来たのなら、その情報が自分の耳に入らないわけがない。
と、ロウは踏んでいたのだが、どうやら当たっていたらしい。
トバルカインが一瞬きょとんとした顔になって、それから嬉しそうに表情を緩めた。
「おや、まさかあなたもですか?」
「はい……っていうか、トバルさん知らなかったんですか」
「ええ。あまり、そういう情報を進んで集める方でもありませんしね」
「ちょ、ちょっと待ってくださいトバルさん!」
ロウとトバルカインの会話について行けなくなったらしい、メグミが少々切羽詰まったような声を上げた。