ノット・レストインピース

□2,トバルカイン
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「ごめんごめんメグミ、置いてけぼりにしちゃってたね。――あ、トバルさん。彼女がメグミです。そして俺はロウ」
「メグミさんに、ロウさんですね。分かりました」

 苦笑しながらメグミに謝罪し、このままでは名乗るタイミングを計り損ねてしまいそうだからと名を明かす。
 名を反芻してから頷いたトバルが、メグミへと眼を向けた。

「すみませんでした、メグミさん。あなたには少し難しいお話でしたね」

 確かに、この島で生まれ育ったメグミには分かりづらい話だっただろう。恐らくこの島に、キャソックと呼ばれる聖職衣を身に纏い十字架を下げる宗教はない。
 胸に当てた手でそっと自らが下げる十字架に触れて、トバルカインは申し訳なさそうに眉を下げた。
 すみません、と謝罪したトバルカインがメグミに色々と説明をしているのを尻目に、ロウは軽く肩を竦める。
 今や漫画やアニメなどの中でしか見られないだろう、とさえ思えるほど、彼の動作は司祭という言葉に合っていた。それこそわざとらしいくらいには。
 何も分からぬであろうメグミに丁寧に神父とは何たるかとか、自分が何者であるのかを説明してトバルカインはにっこりと笑った。

「――……という訳でして、私はこの島で司祭として生きていこうと思ったのですよ。教会も、小さいですが建てましたし」
「教会……って、どこにですか?」
「ヴェルの森の中ですよ。あの場所からは少し……いや、結構……ですかね、離れている所にあるので、お二人が分からなくても不思議ではありませんが」

 成る程、だからこその“ヴェール教会”なのだろう。ヴェルの森の中にある教会だから。妙に安直すぎる気もしたが、ロウはそれには何も言わずに頷いた。

「それであの森の中にいたんですね。教会に住んでいるから」
「そうです、ロウさんの言うとおり」
「でも、それなら何で道に迷ったりなんかしたんですか? 森の中に家があって生活しているなら、迷わないんじゃ……」
「あ、あー……ええっと……」

 メグミの疑問を受けて、トバルカインの視線が泳ぐ。一応口許は微笑を形作ってはいたが、どこからどう見ても引きつったそれだ。頬を伝う冷や汗さえ見える気がする。
 確かにメグミの言うことは正論だ、ロウもそれには同意する。森に住むなら、少なくとも自宅である教会からナノタウンまで行く道くらいは覚えておかねば生活ができないだろう。ナノタウンには、日用品を売る店や食品を売る店も結構集中している。自給自足でもしない限り、あそこに頼らず生活するのはほぼ不可能に近いというわけだ。
 まあ、大方とんでもない方向音痴だとか、そういう理由なのだろうとロウはトバルカインを見上げる。
 と、偶然トバルカインとロウの視線が絡み合った。
 当然ながら別にロウに彼を言及するつもりはないし詰問しているつもりもなかったのだが、トバルカインにとってはその視線が“早く答えろ”という意思表示に思えたらしい。
 うう、と何とも情けない声をもらして、トバルカインはがっくりと肩を落とした。

「……私、方向音痴なんですよ。地図がないとまともに外も歩けないんです」

 本当にそうだったのか。
 自分の予想が当たってしまったことに何となく複雑な気持ちを抱きながら、ロウは曖昧に頷いた。

「それもただの方向音痴じゃあないんです。教会から十メートル離れるだけでもう自分が居る場所がどこだか分からなくなるんですよ? 相当でしょう?」
「…………ええと、トバルさん」
「何ですか? メグミさん」
「……何で地図持ってないんですか?」

 自らの方向音痴がどれほどのものかを饒舌に語り続けていたトバルカインが、メグミの一言で口を閉ざす。
 そう、そこまでの方向音痴である事を語りながらも彼の手には地図らしき物は握られていない。それを言えば財布さえ持っていないのだが、財布は恐らく聖職衣のポケットにでも入っているのだろうと思う事にした。
 彼のことだから何だか財布も忘れていそうだな、と思いはしたが。
 先程までの饒舌ぶりなどどこへやら、何とか微笑を取り繕った表情でトバルカインは視線を正面に向ける。

「あ――ああ、街が見えてきましたよ!」

 そして、彼は眼鏡のレンズごしに視界に入ってきた街並みに、安堵と喜びの入り交じる声を上げた。
 歩を進める度、徐々に近付いてくる街並みを指差したトバルカインにロウは思わず笑みを零しながらも小さく頷いた。


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