ノット・レストインピース
□3,No.129
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教室の中が、妙に静まりかえっていた。
とはいえ完全な静寂ではない。淡々と語る声は続いているし、普段はわいわいと騒いでいる生徒達も時折相槌を打ったり驚愕に声を上げたりしている。
ロウもその内の一人だ。普段から授業で騒いだりする事はないが、いつもにも増して静かに話を聞いていた。
しかしそれでも、この室内が普段とは違う雰囲気に包まれているのは変わらない。
普段であればクラスの担任でもあるヤマナカが教科書を読み上げたりクラスの生徒に質問を投げかけたりする声は、今までこのナノアイランドでは確認されていなかった“モノ”を説明するものに変わっていた。
「――このように、キン番号129番に関しては、まだ研究途中で殆ど生体が分かっていない」
キン番号129番。即ち、無名。
つい最近になって発見されたそのキンには名前すらなく、また生体さえ殆ど解明されていない。
キンの生体というのは長く研究を進めてようやく分かるものも多い。くりきんだってそうだ、長い間ウニであると信じられていたが最近になってウニではなく栗であるという事が分かったりしているのだから。
だから生体が不明である事は何ら不思議ではない。
問題なのは、唯一明らかになっている事柄だ。
「ただ、このキンは体内で増殖を続けた場合その部分の筋肉を弱らせていく。そしてそれを止める為に強いキンを投与したり、体内から取り除いた場合はそのキンが居た箇所が機能しなくなってしまう」
白衣を着用した男が告げた内容に、この教室内にいる全員が息を呑んだ。
研究途中故に、このキン番号129番――通称129番に対する対処法はキンを投与したり摂取する事だけだ。だが、今告げられたのはそれをしたところで身体を破壊するのは止まらない、ということだ。
有害を通り越した害悪。人の身体を侵すその存在は、あまりにも残酷だった。
尤も、キンの中にも人体に有害なものはある。原生キンであるベンジェラートが良い例だろう。ベンジェラートは土に混ぜれば土壌を肥沃化させるが、直接体内に含めば毒となる。
それとは比べものにならぬ事実に、ロウは手元にある一枚の紙を見ながら目を眇める。
その紙は、今回初めて行われた講義の資料だ。129番に関する情報が申し訳程度に記載されているが、生憎情報量が少なすぎる。
空白だらけのそれを眺めながら、ロウは机の上に放り投げていたペンを手に取った。
そのまま、かなり多い空白を埋めるようにさらさらとペンを動かしていく。
「……ロウくん、どうしたの?」
隣から聞こえてきた小さな声に、ロウの手が止まった。
声の主はロウの隣に座っていた少女――ミサキだ。この島に引っ越してきた当初、図書委員である彼女にキンバトルを教えて貰ったことをロウは今でもよく覚えている。
「ああ、何でもないよ」
ミサキの目がじっと自分の手元にある資料を見ている事に気付き、ロウは慌ててそう誤魔化した。
「そう?」
「そうそう」
小声でのやり取りはそれだけですぐに終わる。ミサキも、また未知のキンに対する講義に耳を傾けていた。彼女の横顔を見て、ロウは内心ほっと息を吐く。
別に見られたところでどうってことはないだろう。だが、この内容を誰かに見られるのは少々危ない。
「……今のところ、感染した人の数は非常に少なくナノアイランド全体で見ても一人か二人だ。だが、未だにどういう経路で感染するのか分かっていない。――皆、十分気を付けるように」
そこで講義を締め括るように、白衣の男が強い口調ではっきりと口にした。
実際終わりだったらしい、軽く頭を下げた男に向けて生徒達がぱちぱちと手を鳴らす。
「…………ヘルマンさん、嫌がってた割りには結構できてるじゃん」
呟いたロウの声は、拍手の音に掻き消された。
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