ノット・レストインピース

□4,包み込む教会
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 教会へと向かう為、ナノアカデミーの生徒玄関を出てすぐの事だった。
 ぴたり、とロウが足を止めた。

「……ロウくん? 何か、忘れ物でもしたの?」

 先程までは行こう行こうと言っていたロウが足を止めたことに、マキは怪訝な表情で尋ねた。
 まだナノアカデミーの敷地からは出ていない。校門までは大分距離があるし、もし本当に忘れ物をしたのならば教室に戻って取ってくるのも容易だ。
 だが、どうやら違ったらしい。
 ロウは頭を振って、それから困ったように笑った。

「いや、それがさ。今思い出したんだけど……メグミも俺も、あの人の居場所聞いてないんだよ。“森の中にある”ってだけで、正確な位置とか教えて貰ってない」

 一体どうしたものか、とロウは乾いた笑い声を漏らす。
 別に教会までの道程を地図にして渡せとは言わない、せめて『こういう目印がありますから、ここからこう行くと着きますよ』くらいは言って置いて欲しかった。この場にいる筈もないトバルカインに内心で愚痴り、ロウは一歩踏み出した。

「まあ、それでも行ってみようかなって思ってるけど。マキもいるし、森で迷子になって帰れなくなるなんて事はないでしょ」
「う、うん……頑張ってみる……」

 何となく重大な役目を与えられてしまった気がするが、それでもマキは小さく首肯する。
 迷ってしまったとしてもマキが居れば大丈夫、とは最早ロウ達の中では不文律に等しい。彼女の祖父をして『森に入った男の方が迷ってしまわないか心配』と言わしめる程だ。
 そう、彼女にとってヴェルの森は庭そのもの。

「マキちゃん、森の中で見慣れない建物を見たりした事はない? もしかすればそれかも」
「それだ! 工事とかもやってたなら音も聞こえた筈だし! どうだった?」
「それが、全然……わ、私が気付かなかっただけなのかもしれないけど……」
「そっかー……」

 頭を振って否定したマキに、ロウは残念そうに肩を落とした。
 こうなると、もう選択肢はひとつしかない。つまり、何の手掛かりもないままヴェルの森に入り歩き回るということだ。
 教会という建物はかなり目立つし、そう考えると見付けやすいとは思う。だが、森は広い。いくらナノアイランドが小さな島だとはいえ、それは世界的に見ての事。
 森は広い。全てを包み込まんばかりに広がっている。
 そんな中に入るのはどうにも、無鉄砲すぎるように思えた。
 しかしそれへの躊躇と、まだ見ぬ教会への好奇心。どちらがより大きいかと言えば当然後者である。それはロウやメグミは勿論、珍しくマキにも当てはまるようで。

「……よっし」

 『また今度あの人にあってからでもいいんじゃない?』なんて提案をしたくなるのを堪えて、ロウは自らに向けて気合いを入れた。
 そして一呼吸ほど間を置く。
 それじゃあ、森に行こうか――自分の友人である二人に告げようと口を開き、

「――ロウさん」
「うっわ!?」

 突然背後から声をかけられて悲鳴を上げた。
 びくっ、と肩を跳ねさせ、ロウは慌てて後ろを振り返る。
 それと同時に誰ですかいきなり、と抗議しようとしたロウの口が、中途半端に開いたままで固まった。
 自分の背後に立ち、静かに声をかけてきた相手。この場では、この狭く閉じた世界では非常に目立つであろう黒衣に身を包んだ男は、申し訳なさそうに眉を下げた。

「すみません、驚かせてしまったようで」

 ココア色の瞳を伏せる彼は確かに、昨日会ったばかりのトバルカイン本人だった。
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