よろず短編集
□まだ、あがける。
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私は戦場にいた。
血飛沫が上がり、それが仲間か敵のものかも分からない。
乱戦の中で絶え間なくあがる、断末魔の叫喚を耳に掠めながら。てらりと血に濡れて妖しく光る刀を横薙に丁度背後に立った蜥蜴頭の天人の首を刈る。
血のどろりとした感触が刀を伝って私の手に届いた。
崩れ落ちる寸前の首斬り死体を足で押しやる。此方ににじり寄ってきていた天人は死体を支えきれずに体制を崩す。
直ぐに駆け寄り、鎧に覆われていない無防備で柔らかいであろう脇腹に刀を体重を深々とかけ突き刺す。
深々と刺さり抜けなくなるだろうが、とっくに血と脂で斬れ味の悪くなった刀。勿体無いなどは考えない。とりあえず今回はもった方だ。
足から滑り込むようにしゃがみ股をくぐる。ついでに天人の腰にあった獲物を抜き盗って、通りがかりに、足元を払う。
支えを無くし、前のめりに倒れる天人。私を狙っていた他の天人の刀が、容赦なく刺され其奴にトドメを刺した。
やっと切り抜けたと思えば、息つく間もなく、目の前には遥か10尺(約三メートル)の巨体の天人。
目の前の視界を塞ぎ。人が持つ何倍もある鞭をしならせ、高く振り上げた。
はぁと息を吐き出し、鞭が降ってくるまでの数秒間で息を整えて。刀を体の正面に移動する。
ガキンッと刀と鞭が接触するにしては甲高い金属音。何かの金属でできているらしい。
接触した刃は零れ落ちて、鞭に絡め取られて奪われる。高く舞い上がって遠い乱戦の彼方へと消えていった。
天人は一つしかない濁りきった瞳を向け、黄色味がかった歯をぎらりと見せ、ほくそ笑んだ。
が、他の武器がないわけではない。鞘から抜きはなった小刀を、首の後ろに深々と突き立てることも可能。
瞬時に考えを実行に移すべく、そつ無く命令どおり躯は動く。
が、しかし、天人がその私の動作を感づいたように鞭の軌道を変えた。
砂を噛むようなというか奇妙な感覚を覚えて、瞬時に体制を切り替える。
地面すれすれまでぺったりと腰を低めた。ぶおんと、鞭が私の上を唸りながら通り過ぎる。
と暫くしないうちに断末魔があがった。周りの天人達のけたたましい叫び。
腰から上を無くし、急速にただの骸へと変わって行く。それもお構いなしに鞭を振り切った天人は私を睨みつけ、もう一度と腕の筋肉を膨らませた。
額に太い血管を浮き上げて振るが、…残念、遅い!!!
振り切ったと同時に鞭を持った天人の指がばらけて、鞭は見当違いのところへと飛んでいく。
あ、ヤバい…そっち、ヅラが居る。
青ざめそうになって、一瞬気がそれた。反応が少し遅れた。気づいた頃には腕を掴まれ、ぐいと引き寄せられていた。
天人の得物が数本の髪を切る。
抵抗しなかったのは、何となくだが、敵のじゃないのは分かっていたから。…まぁ、お馴染みの良く知ってる気配だったのもあるのだが。
「おい、ナマエ……余所見すんじゃねェよ…」
相変わらず腰にくる低めの女誑しな声で耳元で囁いてクククと喉を鳴らして笑う、裾を翻して天人の群れに果敢に単身斬り込んでいく彼。
そのあとを彼の勇猛な隊の者達が続く。
鬼よりも強い部隊、と仲間うちで持て囃される。彼らは確かに鬼より鬼らしいかもしれないな。
と、どこか呑気に思いながら、目の前に立つ鬼のような天人を見た。
棍棒を振り回しているだけの単純な攻撃だが、如何せん巨体の割に動きが素速い。決死の覚悟で懐に飛び込んでも、あの棍棒の餌食になること請け合いだ。
頭蓋骨は陥没。頭は某トマトぶつけ合い祭の熟れすぎた可哀想なトマトのように潰れ、頭の中身を撒き散した無様な死体をさらすこと請け合いだろう。
うわ…我ながら嫌な想像…
それにまず、臀力(足の筋肉の力)の無い私では一撃二撃で仕留められない。なので、その策は元々却下だったのだが。
とりあえず、天人の追撃をかわして、時には別の天人も身代わりにしながら逃げ続けることに専念する。
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