よろず短編集

□奪取者の倫理
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「キミに夢はあるか?」



……誇りなき者には操れないのだろう運命の糸があるという。

境界線の向こうへ行きたい人間はとても沢山居る。しかし、それを飛び越せる人間のは何百分の一、いや何千何万分の一の限られた枠の者たちだ。

本当に選び選ばれ抜かれた人間……、これはそういう人間がなるべきなのだ。

運命の糸なんて知らない。だけど選ばぬ内に勝手にそうなってしまっていた。そんな境界線など知りたくも知るつもりもなかった人間がそれを超えなければいけないこととなった。


その結果はもう目の前だ、

この長いようで短かった旅は紆余曲折を経て、己自身では手も届かなかったであろう、こんなトコロまで辿り着かせた。

広く高い天井、天まで届く塔の梯子ような酷く歪で無垢なる王座の間への道。

グルル……。

となりに立つ水色のポケモンが低く唸る。初めて会った時は、ホタチを持つのも危なっかしかった。おくびょうで優しく気高いポケモンだった。

今では、顎髭を垂らし雄々しく立派な姿へと変貌した彼はその赤く鋭い眼光を真っ直ぐ射り、天にでも続きそうな長い道の先を睨む。

王座の間を目の前にして、"ボク"の手は、彼の顎髭を情けなくも震えながらも滑らかにとはいえないが梳いた。

この期に及んで震え出した己を叱咤する代わりである行為ではあったが、気持ち良さげにスッと細められた彼の瞳を見ていると、思いの丈全てを吐露したくなった。


「今だから言うね、"ボク"は怖かったんだ。バトルがさ」

己自身の弱さを吐き出すままの"ボク"を見つめて、顎髭をただただ触らせてくれる初めてのトモダチ……無二の相棒にしっかり聞こえるように語りかけた。

「でもね、今はバトルすることが楽しいんだ」

彼からどこか訝しげな目を向けられていることに気がつく。頬に流れた水滴に、はじめの頃よりかは泣き笑いが少なくなったはずなんだけどなと思いながらも話しを続ける。

「キミたちと一緒だったから。キミたちが傷付きながらも頑張ってくれてるから、"ボク"も出来る限りのことをしたくなったんだってのは、"ボク"の一方的な思いなのかな」

空気を揺らしていた言葉が収まり。あとに残ったのは吐息すら聴こえない静寂。

威風堂々とした目の前の貫禄ポケモンは、その赤い目に彼がまだ小さな優しいポケモンであった頃の優しい光を宿して此方をひたと見つめている。

射るような瞳を覗き込むと、この何処か滑稽でお芝居みたいな旅の中でもしっかりと培われてきた確かな誇りと自信が垣間見えた。

「"ワタシ"はさ、ひたすらバトルが楽しかったんだ。……でもさ、あのカラクサでの演説を聴いてからは……、本当のトコロは少しだけ、怖かった」

それは感情の吐露であり、ある事への答の表明。

「彼の言う通り、キミたちの声は"ワタシ"には分からない……、からさ」

長い睫毛をそっと伏せた。

大きなカラダになってもどこか無邪気に甘えてくるパートナーがせがむように頭を手に擦り付けてくる。

そこでようやく撫でていた手が止まっていたことに気づいて。そっと巻き貝の兜を触れて、柔らかめの頬髯を撫でるように指を通す。

「でも、バトルの時にキミたちが楽しそうなのはホントにさ……、何となく"ワタシ"にも分かるんだ」

此処はリーグを囲むように突如として現れた、巨大な城の中。

目標であったものを壊して現れたソレは、これが"ワタシ"の旅の最後、と言外に告げているかのようだった。

城の中をさまよい、認められない敵でしかなかったハズの彼らに戸惑いを覚え。彼が不安定でズレている世界を見ていた理由を知った。



これは"ボク"の決着の時だ。

そして、

"ワタシ"のけじめの最終決戦。



王座へと導くように続く道は、さしずめバベルの塔の踊場か。

天を求め、求めてもがきあがいて全てをもがれて落とされる。


真実と理想。

どちらが正しいかも、最後に彼処に立っているのはどちらかも見当もつかない。

……どちらとも掴む事の出来る存在、出来た存在。中立は破られ、一線向こう。


ポケモンの解放を唱え続けて、この果てに"王"として立っているであろうあの彼を地まで落とすことが出来るのか……、或いはおこがましいことだけど、彼を解放することができるのか。


「"ボク"はキミたちと居てもいいのかな。ボクには、真実だとか英雄なんて言われても、まだイマイチ……よく分からない。……それでも、そうだとしてもキミたちは"ボク"に着いてきてくれるかな」


呟き落としたような言の葉に、未だに鞄の中の白亜の石は応えはしない。


「"ワタシ"が英雄だとかは関係ない。人と人でも言葉で十分に伝えられないこともあるぐらいなんだ。キミたちと"ワタシ"は話せなくてもキミたちと共に居たいよ。……キミたちは共に来てくれる?」


零れ落としたような言の葉に、未だに鞄の中の黒曜の石は応えはしない。



いつの間にやら心に住み着いた欲望。果てなき野望。

チャンピオンの座への執着。それをこの運命というヤツが左右してしまうというのであれば……、ただ奪い取るまで。


さぁバベルの階段を登ろうか。


「そうだね、今になって考えてても何も始まらないよね」

「この手で掴めた結果こそが、全てになってしまうんだから」


動揺をひたに隠して笑うのが賭師の役目。帽子を深く被り直して深く息を吸う。

彼が望む英雄に相応しい顔ではないけれど、それでも幾度となく浮かべた不敵な笑みを作り出す。




「「さぁて、……みんな行くよ、彼が待ってる」」



奪取者の倫理
誰も若人の夢は止められず。


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