いざ、さらばんと。

□ちょっと前の出来事
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『侍の国』


"彼ら"の国が

そう呼ばれていたのは

今は昔の話


かつて侍達が仰ぎ

夢を馳せた江戸の空には

今は異郷の船が飛び交う


かつて侍達が肩で風を切り

歩いた街には

今は異人がふんぞり返り歩く






この星に来てからというもの早くも半年。今日も私は逞しく生きています、お母さん。

誰にいうとでもなく、そう呟きつつ。ごろんと人様の家の屋根に仰向けに寝転がって空を見上げた。

周りの建物よりも遥か天上を通過する船をぼんやりと視線だけで追っていく。飛んでいく船が一瞬日を遮った。



今から二十年かそこら前。


この地、この国で戦が起きた。天人の襲来によって、引き起こされることとなった戦争。

彼らは数千数万の天人の軍勢に喧嘩を売り。蟻が象に向かって刃向かうに等しい僅かな軍勢で立ち向かった。

集まったところで烏合の衆。すぐに瓦解するがオチだろうと高をくくっていた天人たちだったが、その予想は大きく外れることとなった。



攘夷戦争。


この名称は彼ら『侍』が付けた戦の名称。

雪崩込む天人を駆逐するという流れに逆らう理想を掲げ、天人の軍勢に刀一本で立ち向かった蛮族『侍』の。

しかし、押し寄せる天人たちに『侍』達の"主"は早くも敗北を認めた。

これでおさまるはずだった。

が、しかし……『侍』による抵抗は一層激しくなった。

幾ら天人側は無尽蔵とまではいわねども、次々と兵を投入できるとはいえ、何せ『侍』の抵抗に終わりが来る兆しが見えない

そしてついに、痺れを切らした中央の天人により出された廃刀令で、彼らの魂までもが奪われてしまうこととなる。

敗戦に帰しながらも業の炎を燃やした彼らは、僅かな同士を集め徒党を組んで、その手に再び刀を握りしめ。

再び『侍』は立ち上がった。

奇しくも戦争時に戦った『侍』と同じく"攘夷志士"の名乗りを上げ。

皮肉にも、彼らは国家の逆賊。テロリストとして、平和となった江戸を騒がすことを繰り返している。

しかし、そんな"攘夷志士"たちを除いた、荒波に呑み込まれた『侍』には、かつての輝かしい栄光の形を見ることは殆どできない。


目線を眼下の街に移した。

恐らく、天人が来なければ当分未来にそびえ立っていたであろうビルの群れが近くに見える。

薄い藍色に染め上げられた木綿の作務衣を軽くはたいて服についた埃をぱらぱらと落とすと手元の置いといた赤黒い杖を取って立ち上がる。

風が頬を軽く撫でる。

不安定な屋根の上を滑らないように屋根の端へと歩き。下をひょいと覗くと薄暗い裏道が広がっている。

目を凝らせば、ゴミがあちこちに転がっており。今の時間帯は昼というのにジメジメとしていそうだ。

暫く見て降りられる場所に検討をつけると、杖で塞がれてはいない片一方の手を屋根の端に掛けた。

少しバランスに気をつけながら身体をゆっくりと屋根から下ろしていく。大体建物の二階ほどの高さ。落ちてもまぁそれ程の高さでもないが念の為。

片手で懸垂するように少しぶらぶら揺れながら着地点を確認し。ある程度の揺れが安定したところで手をぱっと離す。

よっと……っと

着地と同時にぼすっと土埃が舞い上がる。膝の関節を軽く曲げ、接地の衝撃を和らげた。

丁度裏道にたむろしていた野良猫たちが驚いて蜘蛛の子を散らすように一目散に裏道の奥へと逃げ去る。

人気のない裏道を見渡すと上から見たまんま、ごみ箱に不法投棄された雑誌類に無造作に転がった瓶、缶。

裏道の先を睨むと、大きく膨れて異臭を放っているであろうごみ袋の側で地面にどてっと鎮座し、微動だにしない物体。

妙に丸い肥え太った貫禄のある斑猫が此方を睨む。身体を少し立て直すために身動きしたためか、あっという間に遠くへと走り去ってしまった。

ヘビー級の……ごほん、いや重量感たっぷりの身体の動きにしては敏捷な動きだった。猫を後ろ姿を見届け。

猫が走り去ったのとは反対側に雑音の聞こえる方……、表通りで足を向けて少し歩いた。

表の通りに近づいていくにつれて、がやがやとした人々の声。

それが徐々に騒がしく姦しいものとなっていく。

通りに出るとそこは雑踏。

思わず人の波に酔いそうになる。暫く歩いていたが、ふと、道の脇に何ともなしに目を移した。



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