いざ、さらばんと。
□ちょっと前の出来事
2ページ/2ページ
その場でうずくまり。あるいは道端で臥せている者たち。
よれよれの着物はところどころ色褪せており糸のほつれや生地の破れが目立つ。そして、その誰もが憔悴しきった顔付きをしている。
これが、かつて、肩で風を切り雄々と歩いていた『侍』の成れの果て。
角が折れたダンボールと、くしゃくしゃで色褪せたビニールシートでこしらえた家に昼間から臥し。生気を無くした目をサングラスの奥に隠し、哀愁感を漂わせた男が横を通り過ぎていく。
道行く人々の誰もが、彼らの存在をちらりとも感知せずに歩いていく。
天人だけでなく、この国の住人ですら目を向けない底辺。
最早、形骸化し、只の『伝説』として、語られるだけのもの。
これが悲しきかな、これが勇猛果敢に戦った『侍』の現実だ。
と、まぁ、この江戸に来た当初は、よく感傷的になり彼等に同情にも似た感情を抱いていたものだが。
この町で半年過ごした経験から言うと……、感傷的になったって仕方ないのだ。
何せ、現在私が居る大江戸歌舞伎町は『侍』だけでなく、天人にも世知辛い世の中の縮図のような場所。
まさに正と邪をごちゃ混ぜにし、鍋でさらにかき混ぜたようなところだからだ。
必死に稼がなければ。明日には、あそこで新聞紙にくるまって寝ているのは己自身なのかもしれない。それが嫌なら、ハローワークに足繁く通い詰め、隣を押しのけながらも仕事は何処かと探す他ない。
地球人も天人も同じこと?
いやいや全然違う。
いくら彼らが戦争で負けたからと言っても、この星は彼らのものに変わりないのだ。
天人が優遇されるったってもそれは一部の上層部に食い込んだお偉方など。
折角面接まで漕ぎ着けたのに、天人だからって、跳ねつけられてしまうことだってざらにある。
住む場所だって、探すのだけでも一苦労する。つまり……私達、天人の中でも、所謂平民層の天人は居場所がないだけに日々生きるのに必死なのだ。
戦争に負けてからというもの、驚異的な経済成長を遂げたこの星は天人から見ても魅力的な働き口が多く。
それだから、こぞって出稼ぎにくる天人も多くなる。
理由は様々だが仕事を求め、この大江戸に日々わんさかとライバルがわらわらと集まってくる。
日々が競争、日々が戦場。
意味ありげなだけのモノローグなんて、印刷したはいいけど余ってしまって処分に多いに悩むコピー用紙の束に等しく、崇高なるマネーこと天下の御免の周り物の前には及びやしない。
まあ、とりあえず、今日の仕事は取り付けてあるので、これで久しぶりに枕を高くして眠れることだろう。
そろそろ、光熱費も落とされるとこだったから特に心配だったけど今月も何とか乗り切れるハズだ。営業は、夜中。今は昼。今から夜まで十分時間がある
ぐううううううううううううっ
……まずは、正直すぎる唸り声をあげる猛獣の胃袋を一刻も早く満たそうかと思う。最近発見した穴場の茶屋で団子と熱いお茶を楽しむのもいいし。
出来たばかりの角を曲がってすぐそこのカレー屋名物『早食いメニュー"五分でカレー炒飯五キロ"でタダ』でもいいと思う。
だけど、今日は却下。
……だって何故なら、
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
今日の昼
十二時から二時にかけて、
本店でお馴染み、
特製デラックスパフェ
税込1050円が
な、な、な、なんと
300円ッでの御提供!
破産覚悟のこのお値打ち!!
______________
…しかしながら、どうでしょうね?
このチラシを少しでも……、いや、ほんのちらりとでも見てしまったからには……無理な相談ですよ私には。
THE甘い物は正義。
通りかかった広場のモニュメントと一体化した時計は、十一時五十分を差して、時を正確に刻んでいる。チラシの隅の簡略化されて描かれた地図によると。店の位置は、三つ目の角を曲がった先の五軒目。
約1ヶ月ぶりの甘味……久しぶりの高エネルギー摂取達成への期待で、思わず口元がにやけてしまう。
あぁ、デラックスパフェよ。
精々首を念入りに洗って待っているが良いさ、私がすぐに喰らってくれよう!
(あ、財布確認しとかなきゃ)
←[戻る]