いざ、さらばんと。
□敵はとりました
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アイスの汁に塗れてベトベトの机に静かと置いた、と同時に右手で懐の金を取り出し机の上にどんっと少し乱暴に置く。机が軋んだ。机の上には三枚の硬貨。つまりは合計300円也。
慌ただしい店内から外を目指す。
机の脇、窓ガラスの方に立てかけておいた自らの相棒を掴む。杖だけど。
その赤黒い地肌がオッケー兄弟と艶めいた気がした。
ヤツが行ってから暖簾を掲げたままの呆けた顔をしたメガネの少年従業員にちらりと視線を一瞬向ける。
冴えない顔のメガネ少年。
その脇を通り抜けお昼時の日の明るい外へと出た。左右を確認すれば、道の向こうへとさっさと走り去るスクーターが。その上にアノ銀パを認めた。
クラウチングスタートを切った私の横を、青筋立てた岡っ引きと同心が向かいから走り通り過ぎていった。
「おいィィィィ!!」
後ろを、ふっと振り返ると、背後から物凄い般若の形相のメガネの冴えない少年従業員くんが走ってきていた。
かなり距離とられておいたというのに、もうスクーターの速さに追いつきそうだ。ただのファミレスの従業員かコイツ? ……他人のことはいえないだろうけど。
「よくも人を身代わりにしてくれたなコノヤロー!!」
メガネ少年はどこか見覚えのある木刀をを持っていた。息を切らしながら銀髪を乗せた走るスクーターに追いすがる。
「アンタのせいでもう何もかもメチャクチャだァ!!」
一瞬で抜かされ、今度は呆れ顔で彼らの会話が聞こえる距離を保ちながら彼らの後を追っていく。
「律義な子だな木刀返しに来てくれたの。いいよ、あげちゃう。どうせ修学旅行で浮かれて買った奴だし」
「違うわァァ!!役人からやっとこさ逃げて来たんだよ」
「違うって言ってるのに、侍の話なんか誰も聞きやしないんだ!!しまいにゃ店長まで僕が下手人だって!!」
さんざん叫んでいた少年がヤツに向ける怒気は変わらずだが、少し声色に悲しみというか悔しさがにじんで聞こえた。
「切られたなそりゃ。レジも打てねえ店員なんて、チャーハン作れねえ母ちゃん並みにいらねえもんな」
「アンタ、母親を何だと思っているんだ!!」
…ったくよ。バイト、クビになったくらいでがたがたと…ヤツがぼやく声が耳元の風に乗って聞こえてきた。
「今時侍雇ってくれる所なんてないんだぞ!!明日からどうやって生きてけばいいんだチクショー!!」
後ろの私にも、くわっと目をひん剥いた顔が想像できる雄叫びとともに、ヤツに向けて血塗れの木刀を振りかざした。
ただの偶然か銀髪クリンクリンは急にスクーターのブレーキをかけた。
急停止したスクーター。……だが、飛び上がった少年の方は勿論止まれないわけで。後輪カバーに吸い寄せられるように、少年の股間と激突した。
それはそれはとても見事にゴヂーン…と、
哀れなメガネ少年は股間を抑えて、口から泡を吹きながら倒れた。心なしか、釣り上げられてから数分後の酸欠の魚みたいに、時々思い出したかのようにぴくぴくと痙攣している。
当のヤツは、彼に多大なダメージを与えた元凶スクーターのエンジンをふかすのを一旦止めた。
「ギャーギャーやかましいんだよ腐れメガネ!自分だけが不幸だと思っているんじゃねえ!!」
「世の中にはなぁダンボールをマイホームと呼んで暮らしている侍もいるんだよ!オマエそういうポジティブな生き方はできないワケ!!」
「あんたポジティブの意味わかってんのか!?」
……もう良いかな?
いい加減、少年も言いたいこと言っただろうし私もやるか、と思い行動を起こす。
その、矢先だった。
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