【本】青春ボイコット
□第8話
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『秋さんただいまです!』
「お帰りなさい夏目くん。遅かったわね」
『ちょっと色々あって』
木枯し壮に帰宅した夏目。
玄関付近の掃除をしていた秋が出迎えると、壮に入ろうとする夏目秋がその背中に言葉を投げかける。
「そうだ、クッキー焼いてあるわよ」
『ホントっ!?』
「ふふ、今から用意するから着替えてらっしゃい」
『はーい!!』
甘いもの好きの夏目は胸を躍らせ木枯し壮の自室へ足を運ぶ。
-驚愕-
秋のお菓子は美味しい。それも文句なしに。
前に作ってもらったケーキはすごく美味しかった。
きっと今回のクッキーも絶品な事だろう。
爛々とした陽気で自室に荷物を置き、服を着替える。
制服を脱いで目に入る胸に巻いたサラシ。
外そうか否か迷っているとコンコンと軽いノック音が。
ガチャ
「クッキーできたわよ」
『今行きます秋さん!』
「あっ、サラシは付けたままの方がいいわ。あと2人呼ぶから」
『え?他に誰かいるんですか?』
「きっとビックリするわ、夏目くん」
楽しそうに笑う秋になんだろうと疑問符を浮かべ、秋の言う通りサラシは付けたままTシャツに着替えた。
誰だろうと考えたもののまぁいいかと下の階へ降りる。
秋の部屋のドアを開けて第一に目に飛び込んできたもの。
見知った顔が2つ。それも先程まで一緒にいたメンツ。
『てっ…天馬!?信助!?』
「「夏目!?」」
顔を見合わせた途端互いに指を指して名を呼ぶ。
目を見開いて唖然としていると夏目の後ろから秋の笑い声。
「ビックリしたでしょー」
『び、びっくりしたもないですよ秋さん!』
「そうだよ秋姉!なんで言ってくれなかったのさ!!」
「夏目もここに1人暮らしだったの?」
『そうだよ!え!?どっちがここに住んでるの!?』
「俺!」「天馬!」
お互い捲くし立てる様に騒ぎ立てる。
ずっと笑っている秋に説明を要求すればやっと話が落ち着いた。
天馬と夏目の部屋は実は隣同士。
天馬は仕事の都合で親が沖縄にいる為、親戚の秋の管理するこの木枯し壮に世話になっているそうだ。
幼い頃その沖縄で子犬を助けようとした時、崩れてきた瓦礫から天馬を救った1人の人物。
忘れもしない、オレンジ色のパーカーから優しげな笑顔を覗かせて去って行ったあの人を。
足元に転がった青い稲妻の描かれたサッカーボールは恩人のボールであり、雷門のマークに類似しているそれが天馬をこのサッカー界へ引きずり込んだ。
現在の天馬を形成する1部であるサッカー。それが始まり。
『そうなんだ…もしかして佐助って…』
「そう!その時の子犬さ!」
天馬のサッカーの起源。木枯し壮で飼われている佐助の正体を知った夏目はスッキリした顔をしている。
そんな話の流れか信助があれ、と声を上げクッキーを1つ摘まんだ。
「そういえば、夏目の親は?」
『あぁ。僕親いないんだ』
「「!」」
秋の手作りクッキーを片手に話し合う中、浮き出た夏目の内部事情に天馬と信助は思わずクッキーを頬張る手を止めた。
『気にしなくていいよ。僕ももうあんまり覚えてない事だから』
「…じゃあ、どういう経緯でここに?」
『親戚と秋さんとの繋がりでね。お金の事とかでもいろいろお世話になってる』
落ち着いた口調で話しているのを見ると、本当に本当に気にしていないのだろう。
夏目は何とも思っていないようだが、少し暗い雰囲気が流れた。
『でも、今は幸せだよ。こうやって天馬たちと一緒にいれて、一緒にサッカーができる』
柔らかく笑う夏目は本当に幸せそうで。
思わず2人はその笑顔に見惚れた。
同性だと思っている相手にそんなこと思うのは可笑しい筈なのに、どうしてもそんな偏見意識を取り払ってでも素直に綺麗だと思う。
秋はその様子に頬を緩め、こうして夏目と天馬達の交友関係を知る。
「入学式どうだった?緊張した?」
「緊張したよー!でも今日は朝から凄いことがあってさ!」
『と言うか凄いどころじゃないって!』
「そう!大変だったんだよね!!」
楽しそうに笑う4人。
その笑顔の裏に隠された悲しみだって取り払えるような明るさがあった。
悲しみの表の笑顔、笑顔の裏の悲しみ
(でも大事なのは昔より今でしょ?)
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