【本】青春ボイコット

□第9話
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少し肌寒い4月の朝。
爽やかな風を感じジャージ姿で外に出れば犬小屋に繋がれていない佐助を見て夏目は天馬が散歩がてらランニングやら何かしら特訓をしているんだと察する。
夏目も例外ではなく、天馬よりは少し遅れてランニングを開始。
朝も早いせいか玄関前に秋の姿はない。

今日は入部テストの日。いてもたってもいられなくなって全力で坂を駆け登る。
激しく脈打つ鼓動に、夏目は満面の笑みを浮かべた。







-高鳴り-







「おはよう夏目!夏目もランニング?」
『うん。いてもたってもいられないよ!』
「だよなー!」

「2人共ー!ご飯できてるわよ!」
「『はーい!』」


一旦木枯らし荘へ帰宅すれば、小屋にリードを繋ぐ天馬がいた。
調度いいところで秋の呼び声を耳に入れ、秋を含む3人で朝食を食べる。


「今日、入部テストでしょ。大丈夫?天馬」
「大丈夫!朝から信助と練習の約束してるし!…ていうか秋姉、夏目の心配はしないんだな」
「あら、だって夏目くんは大丈夫だって知ってるから」
『あはは、恐縮です』
「ちぇー秋姉贔屓だ贔屓ー」
「で?時間は大丈夫なの?」

「『あ"』」


慌ただしく登校準備をする学生2人に叱咤しつつ秋はそれを手伝い、先程まで走っていたにも関わらず2人は元気に学校へ駆けて行った。


『行くよ天馬!』
「ま、待ってよ夏目!」


それを見送る秋が、10年前に似たような背中を見たことがあるな、と思わず笑っていた事を2人は知らない。






『よし!こい、天馬!』
「おう!」


荷物を持ったその足でグランドに駆け込み、持参のボールを鞄から取り出す。
軽いパスからドリブル。できうる事はやり尽くす。悔いなんか残さない為に。



「夏目ー!天馬ー!」
『あ、信助ーっ!』


聞こえてきた声に振り返ればそこにはこちらへ駆けてくる信助がいた。
もう約束の時間か、と一旦ボールを足の裏で止める。


「約束の時間30分も前なのにもう練習してたんだ!」
「うん!じっとしてられなくて!」
『早めに木枯らし荘出て来たんだよ』
「僕もじっとしてられなくてさ!」
「頑張ろう!今日の入部テスト!」

『「うん!」』



思ってることは皆一緒。
ただサッカーがやりたい。
その一念でここに来て、出会い、繋がっている。
何もしなくたって近付いてくる時間は勿体ない時間の他ならない。


「さぁ!授業が始まるまで特訓だ!」
『うん!!』


蹴り上げたボールを追い掛ける。
やっぱりサッカーって楽しい。
夏目はボールを蹴りながら改めて感じた。


熱中していた3人が時間の経過に気付く訳もなく、チャイムが鳴ってから慌てて校内へ走っていった。
あぁ、放課後が待ち遠しい。






『あ』
「どうしたの夏目?」
『…昨日部室にタオル置き忘れてきちゃった……』



昼休みも練習しようと意気込んだ後の忘れ物にガックリとする。
あまり使ってないとは言え昨日も使ったタオルだ。できれば早々に回収したい。



『時間もあるしちょっと部室行ってくるよ』
「そうしなよ!」
「俺達先グランド行っとくからさ!」



背中を押され、部室への道を早歩きで辿っていれば途中で校舎内から天馬達を窓から覗き見る先輩達を数名発見。
やはり気になるものは気になるらしい。


『(良かった。先輩達は気にしてるみたいで)』


嬉しくなって歩くスピードをあげる。早くタオルを取ってきて、早く自分も参加したい。
サッカー棟のドアをくぐり、覚えたばかりの部室への道を進む。
今日は迷わなかったと夏目が自画自賛しつつ部室のドアに近付いた。





「俺には…無理だったんです。キャプテンとして…何もできていない。何も…」




不意に聞こえた声。
知り合って間もないが声でわかる。
そしてキャプテンと言うレッテルに深く痛みを覚える人物。
これは拓人の声だ。



「それでも…俺はお前を信じている」



『………』




話し相手は三国さんだったんだ、

夏目はドア横の壁にもたれ掛かっていた。
とても入れる雰囲気ではない。
ついでに自分が聞いていいのかわからない会話まで聞いてしまう始末。
タオルはまた放課後にでも取りに来ればいいか、俯けた顔を上げる。



「盗み聞きとは趣味悪いな」
『!南沢さん』



立っていたのは拓人でもなく三国でもなく、南沢だった。
驚いて一歩後ずされば南沢は眉根に皺を寄せる。



「やっぱ、"デキる奴"は違うよな。」
『…どういうことですか』
「サッカーが上手い奴はいいよ。内申の心配だっていらねぇしフィフスセクターに怯える事もねぇ」

『!』

「ビクビクしながらサッカーしてる俺達とは大違いだ」
『…わかってるんじゃないですか』


「は?」


『わかってるんじゃないですか。ビクビク怯えてサッカーしてるのは自分だって。なら自分からサッカーを楽しめばいいだけでしょう?』
「…お前にはわかんねーよ」

『えぇ、僕に南沢さんの気持ちなんて分かりませんよ。でもそう簡単にこの雷門の背番号10を背負うことはできないって事ぐらいは分かってるつもりです。』



失礼します、と夏目は早口でまくし立て、早足にその場を去った。
ズキズキと右腕が痛む。

案外脆い自分の体に舌打ちしたくなるが落ち着いて一度深呼吸し、夏目は後ろへ振り向いた。
歩いてきた廊下には誰の姿もない。
夏目は目を伏せてまた歩き出す。
天馬達の待つグランドへ。
自分の居場所へ。


『お待たせーっ!』














「南沢?どうしたんだこんなとこで」


予鈴が鳴り、三国が部室のドアを開けた時、廊下の壁にもたれ掛かる様に立っていた南沢。
予想だにしなかった人物に三国も隣にいた拓人も少し驚く。

「なぁ」

南沢はいつものようにどこか諦めた口ぶりで、2人に問うた。


「俺達がもっとサッカー上手かったら、結果は変わってたと思うか?」


なぜ突然そんな質問をしたのか。
拓人にも三国にもわからなかったが、それ以上にその質問の答えは分からなかった。
シンとした空気が流れる中、その答えを出せる者は一人としていない。








答えは問うた自分の中に

(なぁ、どうなってたんだよ)
(教えてくれよ水城)


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