【本】青春ボイコット
□第10話
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長くて短い昼休みは過ぎて行き、葵のあと5分で授業が始まるという言葉にボールを手に取って走り出す。
入学してからすぐに遅刻なんかしたくないもの。
ひたすら足を動かしていた全員が駆ける校舎の入口前に、ケータイを弄る剣城を視界に入れ、足を止める。
天馬が方向を変え、剣城に歩いていくと剣城は眉一つ動かさず、ゆっくりとした動作でパタリとケータイを閉じた。
「俺はサッカー部に入る」
「フッ、好きにするんだな」
去って行こうとする剣城が一瞬夏目に視線を送る。
夏目はキッと視線を返し、口端を上げて笑う剣城へ向き直った。
『ちょっと剣城に話があるから、先行ってて』
-対立-
「で、俺に何の用だ?」
『とぼけなくていい。話があるのはそっちだろ』
ますます口角の上がる剣城に一瞬寒気を覚える。
だが怯んではいられない。
同い年なくせに、フィフスセクターである剣城には油断も隙もないし付け入る隙だってない。
でも負けは認めないって決めたんだから。
『どうせ遅刻になんかならないように手がまわってるんでしょ、用件は?』
初めから負ける気で挑む気はさらさらなかった。
だが一歩、また一歩と近付いてくる剣城に威圧感が伴う。
でも夏目は一歩も引かない。ただ、握った手に力を入れた。
「それもわかってついて来たのか」
『まぁね』
「…聖帝のご意思だ。お前はサッカー部に入部する」
『…は?』
「二度は言わねぇ」
サッカー部に入部する。剣城はそう言った。
確かに夏目は元よりサッカー部に入部するつもりだし今更入らないつもりもない。
だがこの剣城の言いぶり。
夏目はまさかと目を見開いた。
『化身が目当てか…!』
ギリッ、と歯を食いしばる音が夏目の耳にのみ響く。
夏目は苦い顔をしたが剣城には大層楽しいのだろう。
「ご明答。お前の意思やら入部テストやらなんぞ関係ねぇ、サッカー部に入部して貰うぜ」
『……外道が…』
「安心しな。身の安全は保障してやるよ。なぁ……
夏目ちゃんよぉ?」
『な……っ!?』
なぜそれを、と言う前に剣城に口を手で覆われる。
力の差は歴然。
抵抗も虚しくあっさりと丸め込まれてしまい、完全にホールドされた自分の体に苛立ちすら覚えた。
「安心しな。この事はまだ聖帝にすら言ってねぇ、俺が個人で調べたモンだ」
耳元で夏目にしか聞こえないように囁く剣城が今は悪魔にしか見えなかった。
バレている。最も隠さなければいけない事実が。
なぜだと問うことも許されず、解放されたかと思えば剣城はニヤリと笑い、夏目に背を向けて去って行った。
「逆らう事は許さねぇ。これは聖帝のご意思だからな」
剣城の姿が見えなくなって、体から力の抜けたのかその場にへたりこんだ夏目。
どうしようもない寒気が夏目を襲う。
剣城は自分を夏目ちゃん、と言った。
それだけで夏目が女だとバレている裏付けには十分。
『くそっ……!』
結局手の平の上で踊らされるしかないのか。
夏目は地面に拳をたたき付け、我が身の無力さを呪った。
呪うは無力な我が身
(いつもいつも)
(僕は無力なんだ…っ!)
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