【本】無印夢

□きっかけ-anothre side-
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豪炎寺の放ったファイアトルネードを蹴り返した脚力
そしてあの必殺技
が、それをやってのけたのは自分達と同じぐらいの女子


「今の……唯ちゃん?」


すぐに去っていってしまったその後姿をサッカー部一同がボーゼンと見ている中、秋がその女子の名前と思われる名前を発した
円堂がキラキラした瞳をして秋に向かっていく


「秋!あの子のこと知ってんのか!?」
「円堂くん…唯ちゃん同じクラスだけど…」
「あれ?そうだっけ…?」
「…お前それくらい覚えとけよ」


風丸にも指摘され円堂は記憶を掘り起こしてみた
そういえばいつも女子の真ん中にいる気がする
確か苗字は、氷星。氷星唯だ


「氷星ってあんなにサッカーできたんだな!スゲー!スゲーよ!!」
「………氷星?」


秋の言った“唯”
円堂の言った“氷星”
それをつなげた、“氷星 唯”
豪炎寺はその名に酷く聞き覚えがあったが、なぜか何処で聞いたのかが思い出せない
必死に記憶の引き出しを開けても、その記憶はあるはずなのに何処にあるかが分からない


「俺明日氷星誘ってみる!!」


円堂のその案自体は凄くいい案だとは思ったのに、豪炎寺は何故かその案を素直にいい案とは思えなかった









次の日、早速円堂は唯をサッカー部に呼んでみたらしいが断られてしまったらしい
断った理由は“もうサッカーをしない”
妙な胸騒ぎはコレだったのか


「アイツも俺と同じなのかもな」


豪炎寺は胸にあるペンダントをぎゅっと握った
胸騒ぎは、まだ止まない












「ちょっといいかしら」


円堂を始めとするサッカー部員がどうやって唯を引き入れるか会議を行う中、部室に真剣な表情の夏未が現れる
その手には少し厚めの封筒が抱えられていた

「どうしたんだ?あ!もしかして夏未も氷星を勧誘する手を考えてくれたとか?」
「………やっぱり貴方達、何も知らないのね」

多少意識が違う方向へ向いていた者を含め全員の意識がそっちへ向いた
無表情に見える鬼道や豪炎寺も例外ではない
夏未は部室にある机の上にその封筒を置く
その中身はまだ謎だ


「彼女の事、ちゃんと知ったほうがいいと思って」


夏未がこんなことをするのは珍しい
ただならぬ雰囲気で円堂はその封筒をゆっくり手に取り封筒を開けた


「多分、この中でも誰かは聞いたことがあるはずよ。
サッカー協会もその力を認め公式試合に女子起用のルールを作るきっかけとなった当時小学生にして女子サッカー界の天才児。

その女子生徒の名前は、氷星 唯
紛れもない、彼女よ」



「「「「「!!!」」」」」


何処で聞いたのか、豪炎寺の記憶の引き出しにあったのはこの事だった

「そうだ…思い出したぞ!女子起用ルールを採用する検討試合の直前に突然姿を消し、それ以来サッカー界にその名が挙がることはなかったという…あの氷星唯か…!」

鬼道も聞いたことがあったのであろう弾かれたように思い出す
円堂も丁度封筒の中にある同じような内容の書かれた書類を読み終えたところだった
そしてその続きを読んで目を疑った


「だが何故姿を消したんだ?しかもそんな大切な試合で…」
「それは俺も聞いたことがない…何かしら理由はあるんだろうが…」




「“検討試合当日”」





ポツリ、おそらくその書類に書かれていたのであろう文章を円堂が口に出す





「“試合会場へ向かう家族を乗せた車がトラックに正面衝突
氷星唯は右膝を負傷。両親はどちらとも重傷を負うものの命に別状はなかったが、弟はその事故で死去”」
「“弟の死を親に酷く攻められ、それを理由に現在別居中、未だその家族間の溝に回復の見込みはない”」

「「「「「!!!」」」」」



本日2度目の衝撃
円堂は読み終わった書類を机に置いた

部室に沈黙が走る

事故、怪我、弟の死、親からの軽蔑
サッカーをやめたと言い張るのには十分すぎる理由
円堂は自分が今まで彼女に押し付けていたことはとても酷だったのではないかと一瞬思ってしまった


だが、この場にそのような考えを持たぬ人物もいた







「違う」






ガタリと音を立てて立ち上がったのは豪炎寺



「サッカーをやめることが償いになるんじゃない
例えそれで何かを失ったとしても、それは氷星のせいでもサッカーの所為でもない」




似てる、でも確実に違うその境遇
自分と決定的に違うのは弟の死と両親の関係
豪炎寺だって現在母親はいないし、父親は医者であまり自分と関わりを持とうとしていない
でも、それとはまた違う

自分もサッカーをやめることが償いだと思ってた
でも違った

サッカーをやめることを弟は望んでいないはずだ
きっとその両親だって弟の死という壁に阻まれて唯に対するサッカーというものへの考えが曇っているだけのはず


彼女もきっとそう





「あいつはサッカーが好きなんだ」




焼きついて離れない
確かに見た、自分のボールを蹴り返した彼女のとても生き生きしていた表情

もう一度、彼女に笑顔を取り戻す





豪炎寺は部室を出た
目指すは、今も光の差さない影にいる彼女のもと










(円堂、止めなくてよかったのか?)
(…大丈夫さ。この役目は豪炎寺が一番適任だ)
(…そうだな)


((豪炎寺…氷星………))


円堂にも分かっていた
だからこそ、信じて止めなかった
それが、ただ一つ影に光を差させる事のできる方法だと信じて




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