【本】無印夢
□伝えるという事
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海の波打つ音が聞こえ、涼しい風が吹く
今は夜、辺りは暗くその海辺に人影はない
空を見上げてみれば少し曇っていたのかポツポツといつもに比べれば少なめの星が見えた
「おーう氷星。お前も眠れないのか?」
『綱海くん!』
足音は波にかき消されていたらしい、背後にいた綱海に気付く事はなかったようだ
そこに立っていた綱海はいつも海に来る時とは違いちゃんと服を着ていてサーフボードはその手にない
『なんだか目が冴えちゃって…』
お前もと言うことは彼も眠れない事が伺える
「やっぱ眠れねぇよな。あんなスゲー試合の後だしよ」
『だよね』
「でも、やっぱサッカーってイイな」
氷星の隣に腰を下ろし海を見つめる綱海
エイリア学園との戦い、豪炎寺の帰還、色々あった
綱海の言ったサッカーの“イイ”所はどんなに負けそうになったって強い敵と戦える、とサッカーを楽しんでできる事
所謂三角座りで浜辺に座っていた氷星は、立てた膝の上に右頬を乗せ、左隣に腰を下ろした綱海を見やる
『ありがと、綱海くん』
そんな試合で勝つ事ができたのは、微力であろうがなんであろうが、サッカー初心者とは思えない綱海の力もあってのことだ
「おいおい止めてくれよ。俺は大した事してねーって!」
『でも、綱海くんの力がなかったら勝てなかったかもしれないし…』
海から視線を唯に移し手を振って否定の意を見せる綱海
だがエイリア学園との試合で綱海が勝利に貢献したことは紛れもない事実
その時綱海は自分より明らかに勝利に貢献したであろう人物を頭に描いて少し意地悪そうに笑う
「それよか、それはあの豪炎寺ってヤツに言うべきなんじゃねーの?」
『……へっ!?』
「わっかりやすいなー氷星。顔赤ぇぞ」
膝に置いていた頭をバッと上げる
辺りは暗くとも至近距離からなら見える氷星の顔は赤い
確信こそあったがここまで顔に出ると面白いなと心で思いつつも、彼がそれを口に出す事はなかった
ニカッと言う効果音が似合うであろう、歯を見せて笑う綱海に氷星は恥ずかしさからか今度は立てた膝に思いっきり顔を埋めた
足も抱え込んで最小限に縮まる
氷星はそれは…とかその…とか言葉になっていない言葉をもごもごとさせていた
それを見て綱海は言葉をオブラートに包むでもなく、直球で聞いてみた
「好きなんだろ?アイツが」
ボン
あ、爆発した
これがアニメや漫画ならそんな事が起こるであろう、オレンジ色の髪から覗く耳は今にも爆発しそうなぐらい真っ赤だ
きっと膝に埋めている顔も同じくらい真っ赤なのであろう
「なら言っちまえばいいじゃねぇか」
『か、簡単に言わないで……!』
氷星はちょこっとだけ顔を綱海の方に向ける
言いたい事をこれだけ素直に言える綱海を氷星は羨ましく思った
じゃあなんで言わないんだよ、と聞けばまた顔を伏せて綱海に聞こえるか聞こえないくらいかの声で呟く
『豪炎寺くんが私の事す、好きな筈ないし…そ、それに今の関係が崩れてプレーに影響がでるのも嫌、だし…それに……』
駄目だコイツ早く何とかしないと
どこかで聞いたことあるようなフレーズが綱海の頭を過る
今日豪炎寺に初めて会った綱海でもこの二人が好き合っているのは何となく分かっていた
(だってそんなんじゃなきゃ抱き合ったりしねーよ)
目の前の彼女はサッカーの時はあんなに洞察力に優れているのに、色恋沙汰ではなんでこんなに悲観的にしか物事を見れないのだろうか
思わずため息が口から出ていく
かと言ってここで豪炎寺が氷星の事を好きと言ってもこの恋愛音痴とも言える彼女が信じるはずはないし、二人の為にならない
ここは二人に任せよう、と綱海は砂浜から立ち上がり、氷星の頭をぐしゃぐしゃにして
「でも、何だって言わなきゃ始まんねーぞ」
それだけ残して綱海は去って行った
ポカンとそれを見つめていた氷星は、乱れた髪を手で直しながら今の言葉を頭で反復させた
『言わなきゃ…始まらない……』
妙に頭に残ったその言葉
ちょっぴり勇気を貰った氷星はその背中に向かって小さくありがとう、と言って歩き出すのだった
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