【本】無印夢

□わからない
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耳を塞ぎたかった
でもそんな事しても現状は何も進展しないからそんなことはしない
聞きたくない、理解したくない言葉が今確実に円堂君の口から紡がれたのだ


『円堂君、今…何て、言った…?』


もう一度聞いたって返事が変わらないのは分かってる
お願い、嘘って言って
いつもみたいな笑顔で冗談だって言って



「豪炎寺のヤツ、俺達を世界大会まで見届けたら…ドイツに行くらしいんだ」



やっぱり、サッカーのカミサマは私に意地悪だ











足は自然と彼の元に向かっていた
ほとんど無意識のうちだ。無意識って怖い


『豪炎寺くん』


驚くほど冷静な自分の声が妙に他人事のように思えて少し笑えてしまう

だってこの前一緒に夕香ちゃんのプレゼント買いに行ったばっかりでしょ?
世界に行く為に頑張ってて、あんまり構ってあげられないから買うんだって言ったよね?
ねぇ、アレは嘘だったの?
ドイツに行くかもしれないからってあのヘアピンを夕香ちゃんにプレゼントに買ったの?

考え出したらいくらでも出てくる疑問


教えてよ、豪炎寺くん





少し間を空けて開いた部屋のドア
ちょっと話があると言って私は豪炎寺くんとグランドのベンチへ向かった

ベンチに並んで座り込んでいつも練習しているグランドを見つめる
豪炎寺くんもジッとグランドを見ている

そうやってグランドを見るのはもうここで練習できなくなるからなの?


『ドイツに行くって…本当?』


話は唐突だったけど、豪炎寺君の視線が一気にこっちに向いた


「どうしてそれを…」
『ごめんね。円堂くんに聞いた』


その反応、やっぱり嘘じゃないんだね
ベンチから立ち上がってゴールポストを撫でる豪炎寺君
私はその背中に問いかける



『…どうして相談してくれなかったの?』
「これは……俺の選ぶべき道だ








……氷星には…関係ない」





距離ができた気がした
実際は手を伸ばせば届く距離に彼はいるのに、届かない気がして

形容しがたい、もやもやとした気持ちが胸に競りあがってきて思わずベンチから立ち上がる
そのもやもやを発散するように私は半ば叫ぶように豪炎寺君に言った




『ねぇ、私達は友達じゃないの?チームの仲間じゃないの?

…苦しい事を一緒に考えて乗り越えていくのがチームじゃないの!?
お父さんのことも皆で説得すれば…』



「―!親がいないお前に何が分かる!」

『!!!』



バチンッ




何の音だろう
あぁ、私は殴っちゃったんだ。豪炎寺君のこと

我ながら頭で何が起こったかの整理がつかなかった
反射的とでも言おうか、こちらを向いた豪炎寺君の頬をおもいっきり叩いていた



『わかるわけない…』



あれ、声が震えてる
どうして、私声が震えてるの

もう嫌だ、ここに居たくない。豪炎寺君を見たくない



『わからないから…教えて欲しかったのに……!』





言い逃げなんて卑怯だ、と自分で思っていても足は自室に向かっていた
後ろは振り向けなかった
一体彼は今どんな顔をしているだろうか

怒ってる?
驚いてる?
笑ってる?
悲しんでる?

わからない
私に貴方の事はわからないんだよ



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