【本】無印夢

□貴方と歩く道
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私は彼に何がしてやれただろうか

彼の道は彼が決める。分かっていたはずなのにそれを受け入れることのできない弱い自分
私に比べて彼は強い
自分でちゃんと考えて、決めて、前に進んでいる
その点私はそんな決意を勝手に自分の悪いようにしか解釈できなくて、挙句の果てに彼を引っ叩いて

バカみたい
何をしていたんだろう

私は彼が好き
彼を応援したい
気持ちは今までもこれからも誰にも負けない気でいる

だからこそ私が彼を笑顔で送り出してあげないといけない
今の私ができる事はこれだけなの
この試合に勝って、もう一度謝って、笑顔で『いってらっしゃい』って―




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「世界への切符を手にしたのは、激闘を制したイナズマジャパンだーっ!!!!」



韓国チームが最後に放ったボールは日本チームのゴールの目の前で煙を上げながら止まってた

試合終了の合図

同時に無常とも言える豪炎寺最後の試合終了の、合図
観客席も日本チームのベンチもその勝利を喜ぶ者が後を絶たない
円堂が高らかに世界への切符を手に入れた宣言を告げ、更に喜びの増すベンチ内
唯はその勝利こそ喜んでいたものの、同時にこみ上げる悲しみを胸の内に隠しきれずにいた
視線を豪炎寺に向ける
そして試合中ずっと考えていた謝罪の言葉を口にしようと豪炎寺の肩を叩く為に手を伸ばしたその時


「お兄ちゃーん!唯お姉ちゃーん!」


聞こえてきた少し高めの小さい子供独特の声
唯はその声に聞き覚えがあった
それに“お兄ちゃん”に該当する者が誰かと言う事も分かっていたし、お姉ちゃんにいたっては自分の名前付きだ
夕香ちゃんだ、と姿を視界に入れないまま理解したが、観客席へと顔を向け軽く手を振る
そこには興奮しているのかフェンスから少し身を乗り出し笑顔でこちらに手を振っている豪炎寺の妹、夕香の姿が
隣には豪炎寺の家の家政婦、フクの姿も見られる

豪炎寺が2人のいる観客席下まで歩いていくのを見て、自分も夕香に呼ばれた身、そっちに歩を進めた
唯が足を止めたその場所は少し、豪炎寺からは離れていた隣


「勝ったね!お兄ちゃん!お姉ちゃん!」
「あぁ」『うん』
「お兄ちゃんカッコよかったよ!唯お姉ちゃんも凄かった!」
『ありがとう、夕香ちゃん』


身振り手振りで表しきれない気持ちを伝えようとする姿はとても微笑ましい
だがその無邪気さが時に胸に突き刺さるのだ


「これで世界大会にいけるんだねっ!!」


頭を鈍器で殴られた事はないが、きっとこんな感じなんじゃないかという程の衝撃が走った
ズキズキ頭と胸が痛む
チラリと隣を伺ってみればそこには何ともいえぬ表情で拳を握り締めている豪炎寺
そして思い出す

一番辛いのは豪炎寺本人だと
自分は決めた。笑顔で彼を送り出す
だから私がこんなことじゃ駄目だ

決心してバッと豪炎寺へと顔を上げた時、視界に入ったのは彼だけではなかった



「あ、お父さん!きてくれたんだね!」



その言葉がその人物が誰かを必然的に教えてくれる
豪炎寺の父親。豪炎寺をドイツへと行かせようとしている張本人

唯は開きかけていた口を閉じて様子を伺うことにした
向き合い、見つめ合ったまま動かない豪炎寺親子
先に動いたのは息子の方だった


「……父さん。ありがとう」


「…これで彼らを世界に送り出すことが出来たな」



顔が少し俯く

どんなに必死に決心したって、サッカーを手放したくない気持ちは心のどこかにあるのだ
また、サッカーを手放してしまうのか
唯も顔を俯け、この運命を少し呪っていた


「しかし」









「彼らにはまだお前の力が必要な様だ」

豪炎寺も、唯も、思わず顔を上げる




「修也、歩いていくがいい。お前は、お前自身の道をな」




その言葉が意味するのは一つ
(また一緒に……サッカーが、出来る………の…?)
頬を暖かいモノが伝う感触がした


「あーっ!!お兄ちゃんが唯お姉ちゃん泣かせたーっ!!」
「!!」


夕香がフェンスからさっきよりも身を乗り出す
豪炎寺が慌てて後ろを振り向けばそこには夕香の言った通り涙を流す唯の姿があった

『ち、ちがうの…!豪炎寺くん、の…所為じゃない…よ』

何でだろう
悲しくないのに、涙が止まらない
うれし泣きってこんなに止まらないものなのか
拭っても拭っても止まる事を知らない涙は頬を伝ってグランドに零れ落ちる
どうしたものかと豪炎寺が唯の両肩に手を置いた時、グランドを去ろうとしていた勝也の声が響いた


「修也。医者の息子が人を泣かせてどうする。…ちゃんと止めてやれ」


そう言って、勝也は去っていく
勝也は確信犯なのだろう。豪炎寺にはからかわれている気がしてならなかった
が、唯が泣いているのは事実
豪炎寺は何ともいえぬ声にならない声を漏らし、思いっきり唯を自分の胸に引き寄せた


『ご、えんじくん』
「唯、」


初めて呼ばれたその名前は、まるで自分の名前ではないように感じた
どくん、とさっきとは違う胸の高鳴り

豪炎寺はぎゅ、と唯の頭に腕を回し、顔を自分の胸に埋めさせる
それは些細な抵抗。顔を見られたくない本人なりの照れ隠し


「ありがとう。またお前とプレーできて……嬉しい」


耳元で囁かれるように告げられたその言葉は唯の涙を止める筈が、涙腺を見事に崩壊させてしまったようだ
ますます涙がその瞳から零れ落ち、豪炎寺のユニフォームを濡らしていく

そのユニフォームにしがみ付いて唯は改めて嘘ではない事を知る



『私も……』



どうしようもない嬉しさ、でも今はそれを言うだけでいっぱいいっぱいで
そんな唯の額に、豪炎寺は誰からにも見えないような角度でひっそりキスを落した







自分は、自分自身の道を
(私は、願わくば貴方の隣を歩き続けたい)







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