【本】臆病者の恋物語

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天馬は緊張していた。
神童にあぁは言ったものの、確かに梨桜に対する思いは自分の憶測に過ぎなかったからだ。

歩を進め、グランドを見つめる梨桜に近付く。

人に近付くのを躊躇したくなったのはいつ以来だろう。
ある程度近付くと梨桜も天馬の存在に気付いたのか視線を天馬へと向けた。



『……なに?』







-Mysterious snow fairy-








ヒヤリ、
背筋に寒気が走る。
成る程、倉間が雪女と言う訳だ。
天馬はグランドで倉間が呟いていた梨桜の呼び名に少し頷ける気がした。



「神北先輩、ですよね?」
『そうだけど』



完全に視界に捉えられた所で、離せなくなる視線。
思わず息を呑むが、怯みはしない。

天馬にとって、梨桜から感じる寒気は嫌な寒気ではなかった。
むしろ、寒気から感じるのは違う何か。
その何かが何なのかと問われれば上手く言葉にはならないが、とにかく何かを感じた。



「神北先輩、すっごくサッカーが上手いって聞きました!」

『!』

「どうしてサッカーをやらないんですか?何か理由があるんですか?」
『……どこでそれを?』



更に神北の目付きがキツくなる。
やはりある程度は触れてはいけない域だったか、
姿勢を思わず正し、神北の問いに神童や霧野の名を出せば神北はバツの悪そうな表情を見せた。



『君は…随分ハッキリとモノを言うんだな』
「え!?あ、すいません…!」

『別にいい。裏でコソコソ言ってる奴らなんかよりかは随分マシだ』



話の勢いで頭を下げた天馬が顔を上げた時に見た神北の表情は予想外な事に幾分柔らかかった。


『…君、名前は?』
「え?」
『だから君の名前は?』

「ま、松風天馬です!」

『そう、天馬くん。君はサッカー好き?』
「はい!大好きです!」


間髪入れず天馬が声を上げる。
心からの本音だからこそすぐに返すことのできた言葉。

梨桜がそんな事を聞くなんて、と言ってから気付いた。


『…そうか』



そして改めて見た梨桜の表情は普段からは考えられない程の穏やかな表情をしていた。






『皆が天馬くんみたいだったら、私もサッカーをしていたのにな』







だが次の瞬間にはいつもの冷めた表情の梨桜に戻っていた。
一瞬先程の様子を疑ったが自分の目はそこまで節穴じゃない。
天馬が何も言えず停止しているとその頭に手を置いて梨桜は去って行った。



『また来るよ、松風天馬くん』


頭に乗せられた手は、思いの外暖かかった。









不思議な雪女さん

(サッカーを愛す少年が見たのは)
(普段と違う暖かい雪女)

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