【本】青春ボイコット

□第17話
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見渡す限り影の落ちた雷門イレブンのメンバー達。

無理もない。
この試合にはフィフスセクターの勝敗指示に従わなければいけないという命令が出ているのだから。

そして事情を知らされていなかった夏目はベンチから試合を見てその状況を悟った。
前向きな天馬に、倉間が悪態をつくがそれをまた止める者もいない。
今この状況でどちらが常識し知らずかと問われればほぼ全員が天馬と言うであろう。
それがまら予想できるのが腹立たしい。

夏目は拳と共にギリッと歯を食いしばった。




1点を入れられ2度目のキックオフ。
天馬が果敢にボールを奪いに攻めるもかわされてしまう。
信助が相手のパスをカットし、拓人へボールを渡すもおかしいぐらいあっさりとボールは栄都学園の選手へと取られていった。

先程の互角と見せかけていた戦いとは違う守り気味の姿勢。
思わず吐き気がする。


奪われていくゴール。
項垂れる三国に、その肩を叩く天城。


手を抜きさえしなければ勝てると言うのに。
どうしてこんな悔しい思いをしなければならないのか。
夏目はフィールドにこそ立っていなかったもののその痛みを痛感していた。
続く明らかにおかしな連係ミスの所為だろう、天馬の顔つきが変わったのを夏目は見逃さなかった。


『(……気付いた)』


拓人にパスボールが直撃するという決定打の元、完全に気付いた事を把握する。
さぁ、この叩き付けられた現実に彼はどう向き合う。






前半終了の笛が鳴った。






ベンチに戻ってくるメンバーたちはドリンク片手に水分補給をするものの、その空気は沈みきっている。
天馬はベンチ内へ戻ってこなかった。
ベンチの前でその様子を見つめ、何よりも震えている肩


「どうしてあんなプレーをするんですか!?」


全員の視線は天馬へと移る。
夏目は黙っていた。

彼が―天馬が心の完全に廃りきった彼らにどう言葉を叩き付けるのか。

辺りを見回しながら夏目は右腕を掴んだ。
革命を望むもののこの右腕はそれを拒んでいるように痛みだす。
我ながらイライラする。


「三国先輩も!車田先輩も!天城先輩も、南沢先輩も!霧野先輩も!倉間先輩も、速水先輩も浜野先輩も!キャプテン!なんで本気で戦わないんですか!?」


ジリッと拓人に詰め寄る天馬。
天馬の本気で戦わないという言葉に事情を呑みこんでいないマネージャー達が驚愕して目を見開く。


「お、おい天馬。いきなり何言いだすんだよ!?」
「先輩たちが本気を出せば、栄都学園の守りなんて簡単に崩せるんじゃないですか!?なのになんで!なんで本気を出さないんですか!!」


そんなこと分かってる。
拓人は今すぐにでも叫びたい気分だったが歯を食いしばることでそれを踏みとどめる。
先程の天馬とは違う理由で震えているその拳。
本気でサッカーをしたいからこその怒りは向ける矛先が見当たらない。


「先輩たちは、負けてもいいんですか!?」
「いいのよ!負けても」


耐え切れず声を上げたのは音無だった。


「天馬君たちにはまだ言ってなかったけど…この試合は始めから…3−0で雷門が負けることが決まっているの」


拳を握りながら話す音無。

サッカーの強さが世を左右するこの社会。
公平な勝率、勝敗をを管理することによりこのサッカー界の秩序を守る存在。
それがフィフスセクター。
フィフスセクターが試合の勝敗を点数付きで勝敗指示として通達する、指示に従うだけで地位と名誉は確立されたものになるのだ、と。

水鳥が八百長じゃないかと騒ぎ立てる。
そしてあっさり肯定する音無。


「だからその事を知っているのはサッカーに関わっている一部の人間だけ。それが今のサッカー界の実状なの」


それが実状。
そう言われたってやるせない事だってある。


「そんなの可笑しいですよ。初めから点数が決まってるなんて…そんなのサッカーじゃない!」









「お前に何がわかる!!」







拓人が叫んだ時、夏目がベンチから腰を上げた。




「お前に何がわかるんだ!お前に俺たちがどんな気持ちでサッカーをやっているのか!三国さんがどんな気持ちでシュートを入れられているのか!!」
「!」


『じゃあ先輩にはキーパーの気持ちがわかるっていうんですか?』
「…なに?」




痛む右腕に突き刺さる視線。
だが夏目の瞳はどこまでも真っ直ぐだった。
拓人に返した言葉は酷く冷淡で、だけどその言葉に込められた思いは熱いものだ。



『気持ちをを考えることは誰でもできる。でもそれを実際に経験するとしないとでは天と地の差がありますよ』


「ならお前にはわかるって言うのか!!」

『えぇわかります。…そんなふざけた八百長で点を入れさせなきゃならないキーパーの気持ちが…ね』
「……どういうことだ」



荒んでいる拓人の視線が少し開かれた。
暗に意味している内容を読み取ってはいたものの夏目の口からきかなければその読み取った内容を信用することができない。


 


『僕は元キーパーです』





その場にいた全員が目を見開く。
今の夏目の実力からしてずっとフィールドを駆けていたイメージしかなかったが、その勝手な思い込みはひっくり返されることになってしまった。
夏目はずっと仲間が信じて任せてくれたゴールを守っていたのだ。
三国と同じ、ふざけた八百長で相手に点を入れさせなければいけない苦痛。
ずっと味わってきたそれはゴールを任されたものにしかわからない。
それをよく理解しての言葉だった。


「じゃあ…どうしてミッドフィルダーに?」
『…ちょっとした事情があって』


音無の問いに少し間をおいて答える。
一瞬の沈黙。
そして沈黙を突き破ったのは耐え切れなくなった拓人の叫び。



「だが!どうしろって言うんだ!!俺達だってやりたいさ。俺達だって…好きなサッカーを思いっきり!でも…フィフスセクターに逆らえば、サッカー自体ができなくなってしまう…!だからこそ俺たちは…!」

『そんなふざけたサッカーでも先輩たちはここに立っているんでしょう!?どうしてですか?成績のためですか?!今自分で言ったじゃないですか、そんなことしてたってサッカーが好きだからでしょう!?』

「!!」



負けじと夏目が叫び返す。
押し黙り、絡み合った複雑な心境。
この心を、高ぶりをどうしたらいいのか分からなくなって拓人は背を向けてベンチを去って行った。

「神童!」

霧野が呼ぶも拓人は止まらない。


『…』


夏目はその背中をずっと見つめていた。





そしてすっかり元気をなくしてしまった天馬を見ればその顔は俯いてしまっている。
後半開始になってもその顔は上がらず、ベンチに座ったまま。


『天馬は間違ってないよ』


それだけ天馬に告げて、夏目はフィールドへ駆けて行った。
今のサッカーを思い知った天馬が何を考えどう動くのか。





わるのはか周りか

(決めるのは自分)


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