【本】キミと奏でる愛の旋律

□第7曲
1ページ/1ページ


「貴様に奏は渡さん」
「お前にそんなこと決める権限なんてないだろ、お義兄さん?」
「誰がお義兄さんだ誰が」




「奏ーコイツ等ほっといて先帰るぞー」



グランドに響く拓人の一方的な怒声を背景に霧野が奏を呼んだ。
その流れは慣れたもので、霧野からしたら昔からよくある光景。
奏の事に対して熱くなった拓人を放置して帰り道のほぼ同じ奏と帰路へ付く。
幼なじみ、という肩書からか拓人からもある程度は信頼されておりこういう場合のみ霧野は奏と二人きりで帰ることが許されている…と言うか妥協されている。


『うん蘭ちゃ……蘭丸先輩!』


兄の必死さにも気付かない奏は素直に霧野へ付いていく。これも自然の流れ。


「奏、霧野先輩と帰るの?」
『うん!』


葵は拓人が大丈夫か、と言う意味合いを持って聞いたのだが奏の事だ。
きっとそんな意味なんかわからず純粋に頷いただけなのだろう。


「…気をつけてね!」
『うん。じゃあね天馬くん!信助くん!葵ちゃん!!』


果たしてその気をつけては誰に向けて言ったのか。
それはわからないまま奏は霧野と共に帰路に着いた。
茜色に染まった空。
家までの道程は長いようで短いもの。


『蘭丸…、先輩と帰るの久しぶりだね』
「まぁ学年も違うし、しょうがないけどな」


霧野が中学に入学した当時、奏まだ小学生だったので同じ帰りどころか霧野の姿を見ることすらあまりなかった。
拓人がいないのを確認し、ぽふりと奏の頭を撫でれば猫のように目を細める。


『えへへ…なんだか懐かしいな』


いつ以来だろうか、思い出した記憶は酷く古いもの。
無邪気な奏を見ているとまるで昔に戻ったようだ、と霧野は感じた。
辺りを駆けずり回って、拓人に奏にあまり近寄るなと怒られて、それを嫌だと奏がぐずって。
数年が過ぎた今でも側には拓人も奏もいる。
変わった事なんか昔は自分より背の高かった奏を見下ろせる様になった事ぐらいだろうか。
相変わらず拓人はシスコンであるし、奏は変わらない笑顔を自分に向けてくれる。



「…奏」
『なに?』



見上げられた顔。
昔は立場が逆だったのに、時が経つのは早いものだ。




「2人だけの時ならいつもの呼び方でいいぞ」




そして奏に甘いと言う事も変わらない。



『ほんとっ!?』

「さっきまた先輩つけ忘れそうだったしな」
『ありがとう蘭ちゃん!』
「おっと」


余程嬉しかったのか勢いをつけて霧野に思いっきり抱き着く。
霧野が受け止めてくれる事をわかっている奏は幸せそうな笑みを浮かべ、見かけに寄らず逞しい霧野の腕に甘んじる。


「でも普段はちゃんと先輩つける事」
『うん!』


毎度ながら甘いなぁと霧野は自分を笑いたくなる。
でもそんなくだらないことなんて奏の笑顔1つで吹き飛んでしまった。
きっとこんな関係はずっと続いていくんだろう、とぼんやり考える。

この日々が続くなら拓人の怒声を聞き続けるのもまぁいいか、なんて霧野は思ってしまうのだった。







ピンクな君と帰り道


ピピピ
(?誰だ?こんな時間に……)
ピッ
(もしもし霧野俺だ帰り道奏に何もしてないだろうな)
(……はぁ)


●●

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ