【本】青春ボイコット

□第20話
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:水城夏目
:no title

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ごめん天馬!
円堂さんには言ってあるんだけど用事があって河川敷行くの遅れる!

-end-






授業終了とほぼ同時に教室を飛び出して、そんなメールを天馬に送り2年生の教室を目指す。
彼に、拓人に会わなければならない。
そんな使命感の元やって来た2年の教室。

拓人を探すが既にその姿は教室にはない。
無駄話の多いHRの長い担任だったことを恨む。
どうしようと思っていると不意に肩を叩かれた。


「水城?どうしたんだこんな所で」
『霧野さん!あの、神童さん何処にいるか知りませんか!?』


夏目の肩を叩いたのは霧野だった。
霧野ならきっと拓人の居場所を知っているだろうと聞いてみれば神童ならもう帰ったとあっさり打ち砕かれる。


「神童に何か用事でもあったのか?」
『ちょっと…』
「…この前の試合の事か?」
『……はい』


既に悟られていたようだ。
やはり霧野は他人の事をよく見ている、と夏目は改めて思う。
伊達に拓人の横でサッカー部を支えてきた人物ではない。



「今から神童の家に行くけど、水城も来るか?」



願ってもない申し出に肯定の返事を返せば、霧野と夏目の2人で拓人の家へと向かう事になった。
善は急げ、とはよく言ったもの。

途中、河川敷側の橋を渡る時に等間隔に並べられた赤いコーンをひたすらドリブルで往復する天馬と葵が投げたボールをヘディングで返す信助を見かけた。
彼等の表情は酷く真剣で、そしてとても楽しそうだ。


「お前達が羨ましいよ」
『何がですか?』

「サッカーが好きってちゃんと言えることが、さ」
『…じゃあ霧野さんはサッカーが嫌いですか?』


あえて好きですかとは聞かなかった。
嫌いではないさ、と曖昧な返事を返して霧野は歩き出す。
同時に思い出すのは、自分にもあんな時代があったなぁという過去形の思い。
夏目は寂しそうな霧野の背中を距離が開きすぎないように追った。


「そういえば、水城って円堂さんと知り合いなのか?」


朝練の直後南沢が零した疑問をふと思い出した霧野は不自然にならない話の流れで聞いてみた。
嘘をつく必要もないので夏目が肯定の声をあげ、円堂との関係を告げる。


『僕にサッカーの手ほどきをしてくれたのが円堂さんですから』
「円堂さんが!?」

『は、はい。…そんなに驚く事ですか?』
「そりゃー驚くって…道理で上手い訳だ」


知ってる道から知らない道へと足を進めながら会話は続く。
霧野はとんでもないことを軽く言ってのける後輩にある意味感服した。
器がデカイ、とはこういう奴の事を言うんだろうか。
なんて考えも浮かんでは消える。



「着いたぞ」
『……え?』
「だから、神童の家」

『…デカッ!』



先程から同じ塀が続いていると思っていたがまさかそれがお目当ての家だったとは思いもしない。


『家、と言うよりお屋敷ですよね…』


ポカンと屋敷を見上げている間に霧野がインターホンを押したようだ。
今時見ないメイドに連れられ部屋へ案内される。
霧野は顔が利くらしく、屋敷内の足取りも迷いがない。

目指すべきかはわからない、扉の向こうから聞こえてきた不協和音。

直後メイドがその扉を叩き来訪者があることを告げる。
夏目の名が挙がってから間が開いたが、その来訪を許可した。











ソファーに宛がわれ、程なくして持ってこられた紅茶が湯気を立てている。
なかなか話が切り出せない中、落ち着いた様子で切り出したのは霧野だった。


「大丈夫か?」
「あぁ」

「そうか」


そう言って一口紅茶飲む。
夏目はこの屋敷内の緊張の中どうにも体が強張ってしまう。
こんな柔らかいソファーあってなるものかとも思った。
続く話は新監督円堂の事。
驚きを隠せない拓人に河川敷で練習をしていることを告げる。


「…お前は行かなくていいのか?」

『……僕は神童さんに話がある、と円堂さんに言っておきましたから』
「コイツ、円堂さんにサッカー教えて貰ったんだと」
「!」


拓人のティーカップを持つ手に力が入るのが傍から見てもわかった。
視線が夏目へ移ったことをタイミングにしてストンと体から無駄な力が抜けていく。
言わなければならない。
自分の思いを分かって欲しいから。


『神童さんは僕に言いましたよね。"本当に今のサッカーを変えられると思っているのか?"と』
「…あぁ」

『僕に答えは出せません。フィフスセクターの力は計り知れませんし僕らは所詮ただの子供』



無力さを痛感したことは何度もある。
それでも幾度となくその度に決めた事もある。


『でも"正しい答えは自分で作る"んだって』


少し冷めてしまった紅茶を一口。
カチャリとそれを皿に置くと夏目はソファーから立ち上がる。
霧野も拓人も何も言わず、動かなかった。


『そう考えることにしました』


鞄を手に取り、ドアへ歩を進める。
ドアノブに手をかけ一度足を止めて2人の方を振り返った。




『河川敷で待ってます』


バタン



拓人の部屋を退室してから、砂糖もミルクも入れずに飲んだ紅茶の苦さが口の広がった。






い思いい思い出

(…にがっ)

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