【本】青春ボイコット

□第23話
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その日、夏目と天馬は約束通りしっかりと睡眠をとって意気揚々と学校へと登校した。
話のタネは勿論ホーリーロードの事。

早々に無人の部室へ駆け込み葵からビデオの場所を聞いていた夏目が即座に準備にかかる。



「おはよう夏目!天馬!」
『おはよ!信助』
「早いね2人とも!」
「えっへへ、楽しみでいても立ってもいられなくてさ!」



次にやって来たのは信助。
それでも集合時間よりも幾分早い。
やはり信助も楽しみにしていたようだ。

夏目が準備を終えた頃、葵が集合時間ほぼ丁度にやって来る。


「えぇっ!?3人とも早くない?」
「「『普通!』」」


驚きの元全員がサッカー馬鹿だと言う事を同時に理解し、ビデオ鑑賞は始まる。











ホーリーロード全国大会決勝戦

敵はサッカーの名門木戸川清修。
そのフィールドの中、華麗に動く拓人の両手。

まるで協奏曲を奏でる指揮者のタクトのように
人はそれをこう呼ぶ


―「神のタクト」と





『(…綺麗)』




拓人のフォルテシモが決まり、得点は雷門劣勢の2対1。
だが試合中の皆の表情はとても生き生きとしていた。
数日前の試合が嘘のように思える。
影のない、明るいプレーは彼等そのものを映している。

だがそれすらも数日前の試合の様にフィフスセクターに決められた試合だったのかと
思うとどうにも胸に突っかかるものがある。


「俺、去年決勝戦すっごい真剣に見てたんだ」
『僕もだよ。どっちもサッカーの名門校だしね』
「どっちのチームも本気出してるように見えるけど…」


「当然よ、本気だもの」



背後から聞こえた声に振り向けばそこには音無が立っていた。


『音無先生!』

「本気の試合だからこそ、神童君も"神のタクト"をつかったし、フォルテシモを撃ったのよ」


大画面の液晶からホイッスル音が響く。

試合終了の合図。
それは2対1で拓人のフォルテシモでもぎ取った得点のみだった雷門の敗北を示していた。
4人が座っていた観賞用のソファーへと接近した音無がリモコンでテレビ消す。

そして音無は語る。
ホーリーロードの様な大きな大会では珍しいが、フィフスセクターが管理するサッカーにも本気のサッカーができる時があるのだと。
それを聞いても信助がやっぱりフィフスセクターって変だと言葉を返す。
声には出さなくとも、きっと思っていることは同じであろう。



「で、皆。どうして去年の試合を見てたの?」
「もうすぐホーリーロードだから、去年どんなだったかなって見直してたんです」

「あら?確かここのビデオ再生機壊れてた筈よ?」
「「「え?」」」



何の問題もなく今までビデオを再生していた後、音無からの思わぬ事実発覚に声を上げる。
早々に学校に来てビデオ機材を準備していた夏目はそんなこと一言も言わなかった。
バッと顔を夏目に向ければ、音無も吊られて夏目の方を向く。



『あぁ。僕が直しておきました』



何食わぬ顔で言ってのける夏目に苦手な事などあるのだろうか。
その場にいる全員は密かに思った。




「おはよう!早いなお前たち!」




そんな雰囲気の中高らかな声とともに部室に現れたのは円堂だった。




『「「「おはようございます!」」」』


「お前たちだけか?」
「はい」
「昨日、皆河川敷きてくれたのにね」
「皆じゃないけど…」
「うーん…キャプテンとか来なかったね」

「なーに、すぐに集まるよ」



そう言って円堂は夏目を見やる。
きっと夏目が河川敷に行く前拓人と話を付けたかの確認をしたかったのだろうと踏み、夏目はコクリと頷いた。
同時に円堂の腕に何かが細長い一枚の紙が抱えられているのに気付く。



『円堂さん、それは?』

「これか?ホーリーロードのポスターさ」



言いながら大きなポスターを部室の壁に紙を広げる。

"ホーリーロード"
昔はフットボールフロンティアと呼ばれ、切磋琢磨し合い互いをぶつけ合った大会。
中学サッカーの頂点を決めるというこの大会、今では随分と荒んだものになってしまったが。

している内に挨拶と共に次々とやってくる2、3年生先輩達に皆は喜びを隠せなかった。

だがその中にキャプテンである拓人の姿はなかった。




「キャプテン…」




呟いた言葉に影が落ちる。
いないのは拓人だけではない。
その事実が何よりも辛いものだった。


「みんな、ホーリーロード予選はもうすぐだぞ!朝練開始だ!」


そしてキャプテン不在のまま朝練は始まる。
どこか覇気がない、と思わせる様な空気。
ただ数名がいないだけだというのに。





「キャプテン!」





その声に自然と視線は集まった。
天馬がいち早く駆け寄って行ったが、夏目がゆっくり後を追う。


「おはようございます!」


明るい挨拶をする天馬とは対照的に、拓人の目は荒んでいた。
背を向けて去ってく拓人に、天馬はその背中を見つめることしかできなかったが夏目は黙ってその後を追った。

ある程度グランドから離れた所で夏目がついて来ている事に気付いていた拓人が振り返る。





「…何の用だ」

『………神童さん、本当のサッカーから逃げるんですか』





言葉を出すことに躊躇したのは久しぶりだった。
いつもよりキツイ目つきの拓人と目を合わせ、射られた気分になる。
同時に朝練で掻いた汗とは違う冷たい汗が流れ、目が離せなかった。

刹那、間を風が駆け抜け2人を覆う一瞬の沈黙。





「俺に答えは作れない。俺は…お前ほど強くはないんだ」





射抜かれた視線と言葉に夏目は動けなかった。












くあれ供達よ

(……なんで皆、僕が強いなんて思うんだろうね)
(僕は一度逃げたっていうのに)


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