【本】臆病者の恋物語
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河川敷のサッカーグラウンドでは、週に数回小学生たちのサッカーチームが練習をしている。
何度か学校の帰り道で練習する自分たちよりも年下の少年少女がボールを追いかける姿を見ては微笑ましい気持ちになる。
練習風景に目が行ってしまうのはサッカープレイヤーの性か、神童はしばらく橋の上でその光景を眺めていた。
あっちだこっちだとボールを追いかけ、蹴り、止める。
本当に楽しそうなその光景に自然と口元は緩んだ。
時間もそこそこにもう帰らなければと思った時、橋の上から見えた河川敷の河原に見慣れた人影。
「(神北…?)」
遠くからでもわかるその姿。
梨桜はただ子供たちの練習風景を眺めているようだった。
-The ice which is reflected in the setting sun-
「すいません!ボール取ってくださーい!」
蹴り損ねたボールが梨桜の元へ転がって行く。
神童は一瞬マズいのではないかと思った。
言い過ぎではあるが純粋な子供を冷たくあしらってトラウマものにでもし兼ねない。
どうするのかと神童は様子を見守っていた。
すると予想に反し、梨桜はボールを手に取って屈み視線を少年に合わせてそのボールを手渡しする。
その表情は天馬に向けるような、柔らかいもの。
『はい』
「ありがとうお姉ちゃん!」
思わず拓人は目を見開いた。
自分たちを見る時とは明らかに違うあの表情。
『…気を付けないと駄目だよ』
「うん!」
愛おしいものを見つめる、梨桜から拓人は目が離せなくなった。
見た事ない真っ直ぐに子供と向き合いその頭を撫でる梨桜。
河川敷にゆっくりと足を向ける。
が、橋の上から河川敷全体を見回していると別の子供が蹴ったボールが勢いよくあらぬ方向へと飛んで行ってしまったのが見えた。
ゆっくりとも言ってられず足を動かすスピードを上げる。
「まずい…!!」
悪い予感が頭を巡った時、そのボールは河川を歩いていた見るからに不良であろう姿をした雷門の制服を着ている頭に直撃してしまったのだ。
「オイどこ蹴ってんだガキィ!」
「きゃぁっ!」
『!』
それに梨桜も気付いたのか振り返り、目の前の少年の頭を撫でてボールを蹴ってしまった小さな少女に手をあげようとする不良を見据え梨桜は歩き出す。
怯えきった少女は涙を瞳に溜めながら震えている。
拓人がその元へ着くよりも先に不良の前に、少女の前に立ちはだかったのはいつも通りの冷たい瞳をした梨桜だった。
『やめろみっともない』
「あ"?誰だテメェ」
『神北梨桜。さっさと失せろ』
「神北……あぁ2年の雪女か。テメェにゃカンケーねぇだろ」
どうやらあちらも梨桜の事を知っていたらしい。
拓人はその顔に見覚えがあった。
あれは2年の中でも結構タチの悪さで有名な奴だ。
いくらなんでも男と女。
梨桜ではあっても相手をするのは無理があるだろう。
「それになんだよ。お前サッカー嫌いなんだろ?別にいいじゃねーかこんなボールぐらいで、よっ!!!」
『!!!!』
下劣に振り上げられた足がボールを踏みつける。
グリグリと靴を擦り付けるように踏みつけられ、汚されていくボール。
「あたしのボール…っ!」
少女の私物だったのだろう大事なボールを汚されたショックかついに泣き出してしまった。
『……』
「ぅおっ!」
「…神北…?」
刹那男の足も音からボールが消える。
だが勿論本当に消えたわけではない。
スカートから伸びた梨桜の足に冷気を帯びたボールは操られていた。
『エターナルブリザード』
スッとした悪寒が背中を駆ける。
もう梨桜は目の前だ、と言う所で拓人は思わず足を止めた。
「あの技は―…!」
男の顔面に直撃したボール。
どうやら男は気絶してしまったようでピクリとも動かなくなっている。
『なんの用だ神童拓人』
目の前で繰り広げられた出来事に一瞬反応が遅れてしまう。
ボールの所有者である少女も呆然としているようだった。
反応がない拓人を無視し、梨桜が無様に倒れた男の横に転がったボールを拾いに行く。
『…ボール汚れちゃったね』
「え、あ、いいよお姉ちゃん!ハンカチ汚れちゃうよ!」
ポケットから取り出した白いハンカチで黒く汚れたボールを拭う。
あっという間に黒く染まったハンカチを見て少女が止めに入るが梨桜は聞く耳を持たなかった。
それでもボールを真っ白にして少女にそれを返し、梨桜がほんのりと微笑む。
ボールをおずおずと受け取った少女はボールと梨桜を何度も見比べ、先程の下劣な輩の口から出た言葉を思い出し小さな声で聴いた。
「お姉ちゃん、サッカー嫌いなの?」
今度は拓人が驚く番だった。
聞いてしまった、と言った方が正しいか梨桜はその質問にどう答えるのか。
梨桜が屈み、少女と目線を合わせる。
そして少し怯え気味の少女の頭に優しく手を置いた。
『嫌いじゃないよ。…嫌いになんか、なれない』
夕日に照りかえったその表情に、拓人は本当の梨桜のを見た気がした。
夕日に映る氷
(確かに冷たい筈なのに)
(暖かいと感じるのはなぜだろう)
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