【本】青春ボイコット
□第27話
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「無責任な事を言うな!!!」
ミーティングルームに三国の声が反響する。
ホーリーロード初戦、相手は天河原中に決定した。
だが天河原中はラフプレーの目立つ中学であり、速水は戦うことすらも恐怖している。
「天河原中ってそんなに強いの…?」
『まぁ…確実に強いチームではあるよ』
小さな声で聞いてきた天馬に夏目は手元に持っていたノートをパラリと開いた。
『去年もいいところまで上がってきてたけど対戦相手が悪かったね。
でもさっき先輩の言ってたとおりラフプレーは多い。
上手いこと隠してた分も合わせると怪我人は5人。
その代わり途中レッドカードで退場になった選手も何人かいる。
イエローカードラインのことはまずやってくると考えるのがいいかもしれないね』
「水城…お前いつのまにそんなデータを…」
『あぁ。円堂さんに頼まれたんです』
「おう!相変わらずの出来だな」
『全く…3日でデータ纏めるこっちの身にもなってくださいよ』
ズラリと羅列した試合運びの細やかデータに天馬と信助、そして黙ってそれを聞いていた一同は目を見開く。
聡明だとは思っていたがデータ収集もここまでできるのか。
「今夏目の言った通り、侮れない相手だ。
でも実力も確かにある。中盤の守備が固いチームだ。
左右から揺さぶりをかけるか、ロングパスで中央突破を狙うか。神童!キャプテンとしてのお前の状況判断がカギになる」」
強いのに汚い手を使う、それが天河原中のサッカーらしい。
"勝つ為の"作戦を淡々と皆に告げる円堂に次の試合の指示を知る神童はフィフスセクターからの指示を知らないのかと問うた。
その答えはイエス。
―今回の試合の勝敗指示は2対0で雷門の負け
前年度準優勝の雷門が初戦敗退なんておかしいんじゃないかと浜野が軽く言えば倉間の鋭い視線が夏目と天馬に突き刺さる。
夏目はその視線に勿論気づいていたのだが気付かないふりをしていた。
それが事実だと知っているから。
夏目は何も言わず黙って話を聞くことに専念した。
とにかく円堂はフィフスセクターの指示を聞くつもりは毛頭ないらしい。
「この試合、勝ちに行く!」
そう告げた円堂には剣城ですらも驚きの嘲笑を見せる。
元よりフィフスセクターのやり方は気に入らないものだ。
それに反発しようとする者がいるのは必然。
だがそれをよしとする者がいないのもまた必然。
「最初から負けるつもりで戦う試合なんてあっていいものか」
「そんなことをしたら、今度こそサッカー部は潰されます!」
「誰だろうが、試合の前に結果を決める事など許されない」
円堂は頑なにその意見を曲げるつもりはなかった。
サッカーは自由にするもの。
本当のサッカーを知っているからこそ曲げたくない、曲げられないものがある。
三国達とてそれは同じ。
サッカーを守りたいと言う気持ちに差異ができてしまっただけ。
「三国先輩!監督の言う通りです。本気のサッカー、やりましょうよ!」
そして話は冒頭の言葉にに至るのだ。
目的は同じなのに気持ちはなぜか交わらない。
無責任と言う言葉に込められた重さがドッと天馬に、夏目にのしかかる。
「俺だって勝ちたいさ!でも…今のサッカーは楽しむだけのものじゃない。」
「監督だってわかってる筈です!みんな将来のために我慢してるんだってこと!」
『…我慢……』
夏目の心がかすかにざわついた。
楽しむためのものじゃない。
―じゃあサッカーは何をするためのもの?
将来のために我慢している
―今我慢して将来何になると言うのか?
少しずつ頭の回路が冷えたものになっていく。
先輩の言っていることがわからない。
わかろうとも思わない。
円堂はそれが将来の役に立つならそれはサッカーじゃない、と言い放つ。
「…ついて行けません」
自分たちはフィフスセクターの指示に従う、と意思を表明し三国たちは席を立った。
それを引き止める権利は自分にない、
夏目はこの3日間で纏めた少し雑な字で綴られたノートを閉じ張り詰めた空気のミーティングルームを見渡す。
神童をいつも隣で支えていた霧野ですらも席を立のを見て少し心が傷んだ。
「キャプテン!」
天馬が席を立ち2、3年の中で唯一フィフスセクターに反抗する意思を持つ神童に駆け寄る。
「キャプテンは昨日本気のサッカーするって言ったじゃないですか!」
その言葉に部屋を出ようと背を向けていた三国が足を止めたのを夏目は見逃さなかった。
―あの人は揺れている。
他人のことを見る目は特に長けている夏目に敏感に反応してしまう。
気付いてしまうことが良いことなのか悪いことなのか。
それはわからないけれど夏目には黙っていることしかできないのだから。
「勝ちたい気持ちは変わらない…でも、俺たちの思いだけで先輩や仲間の将来を左右していいのか…」
『…他人は関係ない。決めるのは貴方ですよ、神童さん』
意思がないの反発にはそれこそ意味を持たないが、一人一人、彼等はしっかりと意思を持っている。
だからこそ決めることに意味があるんだ、と夏目は心内で呟く。
『意思のない決定に人はついて来ないですから』
夏目は3日間で纏めた天河原のデータを神童の机に置き、静かにミーティングルームを去っていった。
立ち去る背中に宿る意思
(他人に問いかけといて自分はどうなんだろうね)
(その答えからは背を背けてる、弱い自分が嫌になるよ)
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