【本】青春ボイコット
□第28話
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『虎丸先輩』
「どうした夏目、真剣な顔して」
『覚悟を決めないのは逃げることだと思いますか?』
唐突にぶつけられた問いかけは随分と確信を付いた重いものだった。
虎丸は包丁で具材を切っていた手を止め、ホールの掃除をしていた夏目に目を向ける。
ずっと思考を続けていたのだろう、夏目の手は箒を持ったまま止まっている。
いつもとは違うバイト仕様のエプロンにツインテール。
そしていつもとは違う憂いの表情が見え隠れする。
逆に虎丸はこのバイトの時の夏目しか知らない。
こんな時虎丸は昔の自分を思い出したりする。
フィールドに立つこととそれ以外のことでは全てが変わってしまう世界。
年上の自分が一体どんな気持ちで目の前にいる夏目と同じ時期を過ごしたのか、少し考えたくなる。
でも伊達にこの長い月日を乗り越えちゃいない。
「逆に聞くけど、夏目はなんでそれが逃げることだと思うのさ」
『……』
虎丸は答えを絶対に言わないようにしていた。
答えは自分が思っているほど簡単ではないし他人を介して得た答えなんてそれは本人の答えではないと考えるからだ。
店内に走る沈黙。
どちらも目線を合わせないまま着実に時間は過ぎていく。
するとなんの前触れも無く開く筈のない開店前の虎ノ屋のドアが開いた。
「おーっす虎丸!お、夏目も一緒か?」
「『円堂さん!』」
2人が振り向いた先には屈託の無い笑顔を浮かべる円堂が立っていた。
ひんやりしていた空気が少し温まる。
雰囲気を察しているのか察していないのかはわからないが一瞬で雰囲気を変えてしまうのは円堂の長所だろう。
「珍しいですね。どうしたんですか?」
「今日は夏美が出かけてるから夕飯ついでに寄ろうと思ってな」
『あれ、夏美さんいないんですか?』
「あぁ。お義父さんに呼ばれてるらしい」
必然的に1人になってしまった円堂は久しぶりに虎ノ屋に足を運んできたらしい。
「そういや、夏美が夏目に会いたがってたぞ」
『本当ですか?じゃあ今度夏美さんがいらっしゃるときお邪魔しますね』
「そうしてくれ、夏美も喜ぶしな!」
「円堂さん早めですけど食べてきますか?」
「おう!頼む!」
虎丸が厨房に入りとりあえず適当に料理を作り始める。
ホールには円堂と夏目の2人が取り残される形となった。
まだ店の開いていない店内は酷く静かだ。
「…で、今度は三国の事か?」
『!………僕、表面に出てます?』
「いいや。気付いてるのは俺ぐらいだろう」
『そう…ですか』
ならまだよかった。
夏目は自分の不安を他人に悟られる事を苦手としている。
それを純粋で周りに感化されやすそうな天馬などには特にバレたくないと思っている。
「夏目、よく聞け」
『はい?』
円堂は三国の迷いも夏目の気持ちも理解はしていた。
だが虎丸と同じ。円堂は口を出す気は毛頭無い。
答えを出すのはフィールドでプレーをする彼らなのだから。
「覚悟っていうのは自分に素直になることだ」
『…』
「……負けるなよ」
胸に秘めている事。
言葉にすることのできない沢山の思いがたった1つのボールに込められていくのだろう。
「夏目ー!これ円堂さんに運んでー!」
『あっ、はい!』
中学生の夏目達にとって素直になるということは酷なことだ。
「相変わらず美味そうだな!」
「どうぞ頂いちゃってください!夏目!今日は掃除と仕込みで上がっていいからしっかり掃除!」
『うわぁっ!はい!』
「んじゃ、いただます!」
なぜそれが酷になるのか、考えたらどうしても円堂は夏目の背中を押さずに入られなくなってしまうのだった。
立ちはだかる過去と未来
(その背に見えるは過去の自分)
(その身に感じるは未来の君)
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