【本】臆病者の恋物語

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夕暮れの河川敷。
隣には神北が歩いている、この前授業の準備のため実験準備室に行ったとき以来の光景だ。

正直こんなことがまた起きるとは思っていなかったが。






-The reason of the tears which I drained-






「…あんな奴らによく絡まれるのか?」


沈黙が嫌で口から出た言葉にしまったと思ったときには遅かった。
その話題を出せばなんとなく気まずい空気になる。
さっきよりも若干空気が重くなった感じが否めない。
気まずさからか神北が直視できずにいて表情は確認できてないがきっと表情は冷たい、と思う。

でもさっき子供たちに一瞬だけ見せた表情は本物だった。

作られた無表情、ではない。
"本物"の神北の表情。
あんな表情をできるのならいつもそうしていればいいのに、とらしくもなくそう思った。

気付かなかったがそれ程まで俺は神北のことを気にかけていたようだ。



『…私の性格上結構な数絡まれたことはある』



予想外に帰ってきた返事に思わず神北の顔を見てしまった。
目は合うことはなかったが、見えた横顔からは相変わらず表情が読み取れないでいる。


「性格の所為ってわかってるなら治そうとか思わないのか?」
『ないな。それが私なんだから』
「!」

『なんで自分を偽る必要があるの?自分は自分でしょ?』




さも当たり前のように。


いや、確かに当たり前なのしれない。
だがそれを胸を張って、そして"当たり前のように"言うのは難しいことだ。
偽りだらけの世の中、正常でいることが異常であるとも言えよう世間で生きてきた子供たちにはどうもまっすぐに事を受け取ることができない。

それなのに言われたことを全て受け止め、まっすぐに生きている。
―神北梨桜と言う人物が子供の通う学校から浮いてしまう所以はそこにあるのではないか。
拓人は学校での出来事を思い返すが確かに梨桜はおかしなことなんか一度もしたことはない。
むしろ正常で真面目と言った方がいい。
だが彼女に自分から近づこうという人物はそうそういない。

歪んだ感性の産んでしまった疎外。
それすらも当たり前だと受け止めてしまう。



「…強いな」



女とは思えない意思の強さに拓人は感服した。
同時に込み上げるやるせなさに襲われる。


「俺にはそんな真似できない」
『…どうして?』


梨桜が足を止め、顔を上げる。
拓人も同じく足を止めて目を合わせれば冷たい風が2人の間を颯爽と駆けていった。
そうも肌寒くない筈なのに冷たいと感じてしまうのは梨桜の視線の所為か、それは定かではない。


『最初から諦めるの?』
「…足掻いてはみたさ。でもダメなんだよ」
『なにが』


「所詮…逆らうことなんかできないのさ」
『…ッ!』







パァァァン







時が止まり、瞬間拓人の頬に鋭い痛みが走る。


痛快な音が河川敷に響き渡った。
ギリ、と歯を噛み締める音も聞こえた気もする。

目の前に立っている梨桜の右手が勢い良く拓人の頬を叩いた、ということに気付くのには若干のインターバルを必要としていたようだ。

理解が追い付いた時、既に梨桜は背中を向けて駆けて行っていた。





『だから私はお前が嫌いなんだ…!』








流した涙のワケは

(なんでアイツは泣いていたんだろう)
(わからない、いや。)
(わかりたくない。の間違いか)

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