【本】キミと奏でる愛の旋律

□第14曲
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「奏今週土曜暇?」
『今週ですか?今週は丁度レッスンがなくて暇ですけど…』


特に計らった訳ではない。
浜野がこの話を持ち掛けたのは拓人のいない練習中の話。


「じゃあ一緒に釣り行かね?速水に断られちまってさー」

釣り。
針の付いた糸を釣り堀に垂らし、魚を釣るという古来に伝わりし娯楽の一つだ。

ただし、セレブの一員でありしかもドが付きそうな箱入り娘、ドが付くシスコンの固いガードの付いている。
そんな奏には縁のない娯楽であろう。
故に、興味を持つのは当然であり必然。


『釣りですか!?是非行ってみたいです!』
「おっ!マジで?じゃあ土曜の10時に学校の前でいい?」

『はいっ!』


何気なく取り付けた約束。

浜野にはなんら悪気もないし特に奏を気にしている様子でもない。
ただたんに速水に約束を断られ、目の前に奏がいたから誘ってみた。ただそれだけのことだった。
…ただし、それをよしとしないシスコンが約一名いるわけだが。

奏は純粋にやったことのない釣りというものが気になり誘いに乗っただけ。
男子と一緒、と言っても浜野とは兄が中学に入学した頃からの知り合い。
元から誰かを疑うということをしない奏には誘いに対する抵抗も何も持たず時は経ち本日は既に土曜日。


『浜野先輩!おはようございます!』
「おっはよ〜」
『遅れてすいませんっ!……あ、それが釣竿ですか?』
「ん、奏の分も持ってきたからだいじょ〜ぶ!ほい」
『これが釣竿…』
「振り回さんよう気を付けてな」


いつもなら一緒に行く速水は自分の竿を持っているため、浜野は自分の竿しか持ってこない。
だが今回に限っては釣り初心者の奏がいる。
しばらくの間使わなかったもう一本のマイ竿を引っさげて来て奏にそれを手渡す。

「んじゃ、行くか〜」

物珍しそうに竿を見つめる奏。
浜野はそんな奏の手を引いていつもの釣り堀を目指した。



「…浜野ェ………!」



その背後に黒い影が立っているとは知らず。





















「いいかー奏。まずはここに餌をつけて…」
『え?こ、こうですか…?』

「あー…ちょい貸してみ。最初は難しいんだよね」
『すいません…』
「気にすんなって…ホイ。で、竿はこう振りかぶって…」


浜野は背後から奏を抱き込むようにして竿を振りかぶる。
さすがに最初から全て自分でこなすのは難しい。
浮きが釣り堀に浮かび、本当にこの竿で魚が釣れるのかと紅潮する奏に浜野がニカッと笑った。
やっぱり連れてきて正解だったなと思って自分の分の竿も釣り堀に投げ込む。


「あとはひたすら待つだけっと。簡単だろ?」
『釣り…奥が深いです…!あの浮いてるやつが沈んだら引っ張るんですよね!』
「そーそ!」


2人並んで釣り竿を気にかけつつ雑談が続いた。
そしてその時はやってくる。


『あっ!今動きました!』
「マジで!?よっしゃ引けっ!」

『はいっ!!』


バシャッと音を立て、引っ張った釣竿の先に見えた一匹の魚。
水しぶきが弾けて自分にかかることなんか全然気にならず、自分の持つ竿の先にいる魚しか目に入らない。


『釣れたー……!』
「おー!結構オオモノじゃん!」
『釣れた!釣れましたよ先輩っ!』


地面をじたばたと暴れまわる魚に呼応するように奏が嬉しさを隠せずにぴょんぴょんと飛び回る。
奏の竿から魚を外していると今度は浜野の竿にヒット。
成り行きをワクワクと見守る奏の横で慣れた手付きで竿を引っ張り上げる浜野。

持ってきたバケツの中に2匹の魚が泳ぎ、奏と浜野はハイタッチをかました。



「このままじゃんじゃん釣っちゃおうぜ!」

『はいっ!』



コツも分かったらしい奏を見て、浜野が竿を投げ入れようとした時。


「(…あ。神童)」


物陰に隠れつつこちらを全力で伺っている拓人の姿が。
体は最低限隠しているが物凄い眼光に黒いオーラは隠しきれていない。
浜野は奏を連れ出したことに対する罪悪感はなかったものの、とりあえず


「えいっ」


拓人に向かって釣竿を振りかぶったのだった。





元気いっぱいの君と釣り竿

(?浜野先輩どうしたんですか?)
(いや〜ちょっと手元が狂っちゃってさ)

(浜野アイツ…!)

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