【本】キミと奏でる愛の旋律

□第15曲
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放課後、掃除やら用事やら呼び出しやらで遅れるらしい1年生面々の中、唯一何も用事のなかった優等生ぇは鼻歌を歌いながら部室に向かっていた。
特に何かがあった訳ではないのだがこれは一種の癖のようなものであり無意識の内にやっているものだ。
緩んだ口元から不規則に奏でられる旋律。
だがその旋律は部室前でピタリと止むことになる。


「…どうしよう、また部室まで来ちゃったけど…迷惑…だよね…」

『?』


ぇが後ろに立ったことにも気付かず、部室の入口前で謎の葛藤を繰り返す、二葉のような髪型の特徴的な青紫色の頭。


『サッカー部に何か?』
「はっ!?ご、ごめんなさい!!別に怪しい者じゃなくてその…!」

『えっと…1年生、だよね?』
「はい…」
『私も1年生だから気にしなくていいよっ。どうしたの?』


明らかに過剰に怯えを見せる気弱そうな男子学生にぇはできるだけソフトな対応を心掛ける。
ぇが1年と知ると少し楽になったのか肩の力がストンと落ちたのがわかった。
それを見てぇも口元が綻び二人で顔を見合わせて笑い合う。
その様子はなんとも微笑ましく端から見ればとても癒される風景だろう。


『私は奏ぇ。貴方は?』

「僕は……か、…影山…輝」
『輝くん!それで、どうしたの?サッカー部の誰かに用事とか?』


ぇが聞くと今度は目に見えて肩が下がってしまったのがわかる。
変なこと聞いたかな、と様子を伺っていると恐る恐ると言った感じでここに来た理由を紡いだ。


「入部…希望で…」
『本当!?わぁっ、1年が増えて嬉しいな〜』
「で…でも…僕初心者で…それに…」
『それに?』


そこで輝は口ごもった。
言っていいのか、拒絶されたら、頭に渦巻くのは負の感情。

でもぇなら大丈夫なんじゃないか、どこかでそんな事を感じてしまう。
後ろめたさの様なものが常に背後に付き纏った今までの日常を壊せればそれ以上に輝が望むものはない。
鬼が出るか蛇が出るか、確率は二つに一つだ。


『…?』

「……実は…」


輝はグッと決意を固めぇに語り出した。
幸いぇは昔からサッカーに興味があった為影山零治と言う人の名を挙げればなんとなく事を察した様だった。

黙って輝の話を聞き続ける。
この数分間、廊下を誰も通らなかったのは不幸中の幸いであろう。


『輝くん、サッカー好き?』
「え?」

『私はね、その叔父さんの方の影山さんが何をしてたって結局サッカーが大事で堪らなかっただけで、最後まで悪い人だとは思えなかったし円堂監督がそれを気にするような人とは思えない。大事なのは輝くんの気持ちだと思うの』

「……」
『ねぇ輝くん、サッカー…好き?』
「……大好きだよ」


下を向いたままだったが確かにそういった輝にぇは笑い、輝の手を取った。


『なら大丈夫!私がついてるよっ』
「奏さん…」
『ぇでいいよ、私のお兄ちゃんと混ざっちゃうから』

「……お兄ちゃん?」
『うん!サッカー部のキャプテンなの』


「話は聞かせて貰ったぞ影山ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ひぃぃぃぃ!?!」
『あ、お兄ちゃん!』
「影山…監督には俺から話をつけてやる…。お前にはしっかりサッカー部で手ほどきをしてやろう………」

「(僕…入る部活間違えちゃったかなぁ…)」

『よかったね輝くん!一緒に頑張ろうね!』
「う…うん」


拓人が輝に目を光らせ、勿論いつも通りにぇには気付かれずに睨みを利かせたのだった。





怖がりな君と手を引く温度

(…というわけで今日からサッカー部の一員になる影山だ)
(よ…よろしくお願します…)
(よろしくね輝くん!)

((((……新たな犠牲者か))))

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