【本】無印夢

□過去
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サッカーが好きだった。



お父さんもお母さんも凄いねって褒めてくれて、頭を優しく撫でてくれて。
大切な弟だって、大きくなったらお姉ちゃんみたいになるんだ、って私を尊敬してくれていて。

始めは、ただそれが嬉しかった。
だからサッカーをしてた。


でも違う。


私がサッカーを好きだから私はコートに立ってるの。
誰のためでもない、私自身の為に。

あれはいつだったか、サッカー協会の偉い人か誰かが私の元に来た日。



「世界的にサッカーの女子参加を認めさせる為に君の力を見せて欲しい」



ただ純粋に力を認められて嬉しかった。
そして、自分が女子の代表ととしてその力を見せてやるんだって思うと、自然に胸は高まっていく。
女の自分が楽しいと思っているサッカーの存在を他の女の人の中で大きなものにすることが出来るんだ、と。


でも、でもね、












サッカーの神様は私を見放したんだ。









「頑張ってね、お姉ちゃん!!」



私が見た弟の笑顔は、それが最後だった。

あれは忘れもしない小学6年生の夏。
サッカー協会の偉い人達が試合を見に来る、と言った6年最後の試合の日。
とても暑い日だったのを今でも覚えてる。




キキィィィィィイィ




―試合会場に向かっていた私達家族の車は、トラックと正面衝突したのだ。



記憶の断片にあるのは家族で笑い合う暖かい記憶。
そんな記憶は、一瞬で砕け散った。







「あんたのせいであの子は死んだのよ!」

「お前がサッカーなんかしてるから…!」



「「サッカーなんかがあるから!!!」」







サッカーが、嫌いになった。
いやそれは語弊があるかもしれない。

サッカーは好きだと思う。でもサッカーをしている自分が嫌いになった。









だから





『ばいばい』








私は大好きなサッカーを、捨てたんだ。



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