【本】無印夢

□きっかけ
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「なぁ氷星!お前ってサッカー上手いんだな!!」



来た。いや、来ると思った
次の日、こうなる事を予測してチャイムがなるギリギリに学校に来たはずなのに見事捕まってしまった
でもシカトするわけにはいかない…よね…


『えっと…円堂くん…私もうサッカーはしないの』
「?何でだよ?あんだけすっげーシュート打てんだし勿体無いって!」


そう無邪気な笑顔で聞かれるとすっごい困るんだけど…


『ごめんね』


それだけしか言えなかった
円堂くんは残念そうな顔をしていたけど、これだけは無理なんだ












「円堂」
「お、豪炎寺!今氷星サッカー部に勧誘してたんだけどさー…もうサッカーしない、って断られちまった」
「…“サッカーをしない”?」
「あぁ」
「もしかしたら……」
「?」

「アイツも俺と同じなのかもな」
「!」


その理由の重さを彼らは知らない










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その後しばらく円堂くんに勧誘にあった
何度断っても勧誘に来るその根性を素直に凄いと思う
でもその答えは変わらない
数日過ぎたら秋ちゃんにもさり気無くマネージャーは?と誘われた
そんなに私をサッカー部に入れたいのかと逆に驚く

夕方になって私は真っ直ぐ家に帰る
あれから私は河川敷を除きには行っていない



「氷星」



自分の名を呼ばれたら反射的に後ろを振り返るもので
その声が“彼”だと認識する前に振り返ってしまった


『豪炎寺くん…』
「話がある、…時間いいか?」


真っ直ぐに私を見つめる彼―豪炎寺くん
なんとなく断る事ができなくて私は頷いた





近くの公園
ベンチに並んで座り、豪炎寺くんからの言葉を待つ
サッカー絡みなのは確かだけど、円堂くんとは違って何を言われるかの予測が出来ない



「雷門から話は聞いた」
『え?』



「お前の過去についてだ」




…まさかそう来るとは思わなかった
というか夏未ちゃん…私のプライバシーは何処に行ったの

『そっか』

でもそれを聞いたからどうという話だ
知ったから勧誘を止める、知ったけど勧誘し続ける。どっちも手だけど勧誘されたとしても私は首を縦に振るつもりはない
ところが彼は止めることも勧誘する事もしなかった


「だから、俺の過去も聞いて欲しい」
『?』


フェアじゃないのは嫌いだ、豪炎寺くんらしいと言えば豪炎寺くんらしい理由だった
わかった、と返事を返して少し背筋を伸ばしてベンチに座りなおしてみる



「俺は……」









彼と私が重なった
不慮の事故、まだ意識の戻らない妹の夕香ちゃん、サッカーをやめた事まで
聞いてる途中何度も何度も泣きそうになった

だから今、もう一度サッカーをしている彼が凄いと思った


『どうして…豪炎寺くんはまたサッカーをやることにしたの?』


豪炎寺くんが話し終わって、私はそれを第一に口にする
だって、私と似たような境遇だからこそ分からない
なんでもう一度アソコに立とうと思えたの?
その夕香ちゃんに何を思ったの?



「俺にサッカーをして欲しいと夕香が望んでると思ったからだ」

『!』



「氷星、確かにサッカーの所為でお前の弟は死んだかもしれない
でも、お前にそのサッカーを一番やって欲しいと望んでるのは誰だ?
サッカーやってた頃の自分を一番支えてくれていたのは誰だ?」
『支え…』


豪炎寺くんの言葉が胸に刺さる
脳裏に浮かんだのは今はもういない弟の面影




(俺、サッカーやってるお姉ちゃんが好きだな!)
(頑張れ!お姉ちゃん!あと少しだーっ!)

(お姉ちゃん!俺がお姉ちゃんを越すまでサッカー止めないでよ!)





そっか

別の答えは、とっくに出ていたのに






『私……サッカー…やっていい……の…?』

「あぁ」

『もう一回……あのフィールドに立っても…いいの?』

「あぁ」




ポスリと豪炎寺くんの胸に頭が押し付けられる
自分が泣いている事に気付いて制服濡らしちゃうと思いつつも私は顔を上げられなかった



どれくらい時間が経ったかは分からない
もしかしたら1分ぐらいだったかもしれないし1時間ぐらいだったかもしれない
顔を上げると豪炎寺くんと目が合う
どちらからと言うわけでもなく笑いあって、豪炎寺くんがバックから一つのサッカーボールを取り出した

豪炎寺くんがベンチから立ち上がると、ボールを足元に転がし右手を私に差し伸べる



「サッカー、やろうぜ」




それは魔法の言葉




『―うん!』








私はもう一度あそこに立つ

私に手を差し伸べてくれた貴方と一緒に







『雷門中学2年、氷星唯
サッカー部選手権マネージャーで入部希望です!』



そういえる日は、すぐそこ




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