【本】臆病者の恋物語

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思えば、最初から不思議な印象の奴だった。
入学したての1年生の5月と言う変な時期に編入。
何か問題でも起こした不良かと一部では噂も流れたが、教室に足を踏み入れたアイツを見てそんな考えを持った奴は一人もいなくなった事だろう。


『神北梨桜。好きなものはなし。嫌いなものは』


淡々とした物言い。
全てを見透かした様な鋭い目付きに、凛とした表情。
誰も寄せつけない気迫。


そして


















『サッカー』












俺を見る、あの冷たい瞳が。
俺の頭に酷く焼き付いた。





-Reason of eyes-





「神童、アイツまた来てるぞ」
「…神北も懲りないな」



グランドでの練習中。
階段を上がった道に佇むは冷たい瞳で俺達(いや、もしかしたら俺だけかもしれない)を見下ろしている神北。
教科書の詰まった荷物は重いだろうに、その鞄は2本の細腕にガッチリと持たれている。

どうせ見てるなら荷物ぐらい下ろしとけばいいのに。

思ったがそれを俺が神北に言う事は無いだろう。
いくら神北がこの練習を見ていたとしても俺と神北の間にはクラスメートと言う繋がりしかない。
そんな繋がりを飛び越えてまでわざわざ忠告に行ける程、俺はお人よしじゃなかった。


「気味悪ぃよな。サッカー嫌いで有名な神北が毎度毎度見に来るなんてよ」


そう。1年生のあの衝撃的な自己紹介の噂はあっという間に広がって、クラスの違う倉間は勿論先輩達までが知っている神北に対するある種の常識にまで浸透してしまっていた。
(この前は三国さんにも神北の事で声をかけられたぐらいだ)


「そういやさ神童。アイツ、一部の奴の中じゃ何て呼ばれてるか知ってるか?」
「いや……」

「神北……"雪女"って呼ばれてるらしいぜ」


"雪女"
その形容の意味は深く考えずとも自ずと出て来た。

―あの鋭く突き刺さる氷の様な視線が語源だろうと言う事が。

だが不思議と俺はそれに嫌悪感は抱かないでいた。
それどころかイメージに合い過ぎているせいで逆に清々しささえも覚える程だ。

フッと吹き出しかけると何だよと倉間。



「でも神北が来てる時って、大体お前がいる時だけだぜ」
「え?」

「お前がいない時はすぐにどっか行くし。お前何かしたんじゃねーの?」



思い当たる節なんか見当たらない。
ただ一つ、俺にのみ向けられる普段より冷たい視線の意味はなんとなく理解しているつもりだった。





「俺がサッカー部のキャプテンだからだろ」





それが今神北と俺を隔てるものであり、最大の壁だった。







視線の理由

(あの冷たい視線が俺を突き刺す度に)
(胸が焦がれるのは、なぜだろうか)


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