【本】青春ボイコット

□第13話
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見慣れた風景、商店街。

特訓がてら雷門からランニングでやって来た夏目はとある店の前で足を止める。
流石に少し息は上がったが店前で深呼吸して息を整え、とても楽しそうな顔でそのドアを開けた。




『虎丸せんぱーい!!』

ガラリ




大きな声で1人の人物の名前を呼べば呼応して聞こえてくる足音。



「夏目、やっと来た!もう店開けるよ!」
『ごめんなさい!今日サッカー部の入部試験だったんです!』

「サッカー部の!?ならなんでそれ早く言わないのさ!」


バタバタと慌ただしく出てきたのはサッカー界では有名な宇都宮虎丸その人だった。
その片手には大きな鍋。
夏目が足を踏み入れた店、それは宇都宮家の経営する店―虎ノ屋だったのだ。


「とりあえず早く店の準備!話は後で聞くから!」
『はーい!』


荷物を中に放り込むようにして、店の壁にハンガーで掛けられていた制服を手に取る。
そして用意していたツインテールのウィッグを装着。
虎ノ屋は雷門では男装をしている夏目が唯一"女の子"としていられる場所の一つ。
その事に理解を示してくれ、何よりサッカーに関しては非の打ちどころのない虎丸は夏目にとっては尊敬の的である。

ここでバイトを始めてから結構な月日が経ったが今では立派な看板娘だ。



『いらっしゃいませー!』



大学に通いながらこの虎ノ屋を切り盛りする虎丸にとっては夏目は大事な仕事の右腕であった。
出前は勿論ホールも任されている夏目は店中町中を駆けずり回り必然的ではあるがスタミナはついてくる。
誰にも言ったことはないが夏目のスタミナはこうしてついてきたものだった。


『先輩ー!ミックスフライ定食一丁!』
「ミックス一丁ねー!」

『次ハンバーグです!』


厨房に虎丸、ホールに夏目。
大人数であってもこの2人で全ての客を完璧に捌く。










ひと段落ついてドア前の看板をcloseにしてから、虎丸がテーブルに座る夏目にズイッと詰め寄った。


「で、どうだった?」
『勿論合格です!』

「俺の一番弟子なんだから落ちたら怒ってるって」


ブイサインを見せる夏目に虎丸はニヤリと笑う。
夏目も笑顔を返し、拳をぶつけ合えば何か言葉を言わずとも通ずるものがある。



『そう言えば先輩!面白い子が一緒に入部したんです!』
「面白い?」

『はい!なんていうか、こう……サッカーを心から愛してるって子達が!』



それは言わずもがな天馬達の事。
入部試験の事は勿論、授業中ずっと足がボールを蹴るフリをしていたりだとか何に対しても諦めない事とか。
語っている夏目も徐々に止まらなくなって身振り手振りを付け加えながら説明を続ける。

虎丸もそれに相槌を打ちながらずっと夏目の話を聞いていた。
可愛い後輩が楽しそうで何より。
夏目の口がふぅ、と息をついてから虎丸は少し険しい顔つきへと変わる。


「でも、これから大変だぞ夏目」
『わかってますって』

「フィフスセクターも黙っちゃいないだろうし」
『でも…僕は負けませんよ』
「……よし。それでこそ俺の一番弟子」



ぶつけた拳に力を込めて。
不敵に微笑む2人の間には見えない繋がりがある。




「何ががっても」











「『諦めない』」






2人で決めた約束はずっと心の中に。








ぶつけた拳に込めた約束

(でも、バイトはきちんとこなして貰うから忘れない事)
(…容赦ないです虎丸先輩)


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