【本】青春ボイコット

□第19話
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複雑な思いのまま、最悪の事態が起こる。
勝敗指示を破った責任を取らされ、久遠が監督を辞任することになったと言う連絡が入ったのはあの試合からすぐの事。
木枯らし荘から飛び出して雷門を目指す。

わかっていた。
こんな報復があるってことは。
わかっていた。
自分達を守ろうと久遠が辞任したんだということは。

中学の前をひたすら走っていると、久遠の姿と見慣れたウェーブのかかったアッシュグレーの髪。
拓人と久遠が門の前で何かを話していたところだった。
会話は自分の荒い息が耳に付いたせいか、ギリギリ聞こえずとにかく2人を目指す。



「その気持ちを忘れるな」
「監督…」

『久遠監督!!』



声を張り上げたが上がった息が言葉を遮らせる。上手く声がでない。
言葉を紡ぐことを拒絶している様な。


「水城…」

『あの…っ!監督は……!』
「何も言うな。お前は何も悪くない」


言葉の通り何も言わせない貫禄。
何も言えなくなり、言いたかった言葉を飲み込む。
拓人も何も言わずしばらく沈黙が流れたが、夏目は俯けた顔からポツリと声を絞り出した。


『…僕はもう少し、貴方に教えを乞いたかったです』
「……」


ギュッと口を噤む。
ごめんなさい、言いたかったけど言わなかった。
久遠はそれを聞きたくはない筈だ。

だからこそ飲み込んだ。
それが辛い事だとしても。


「…後は新しい監督のもとで頑張れ。お前がいればきっと今のサッカーを変えられる』

「『え?』」



ポン、と大きな手は夏目の頭を撫で久遠は去って行く。
その背中に夏目は泣きたくなった。

拓人と共に久遠の背中を見えなくなるまで見つめる。
そして完全に久遠が見えなくなった時夏目は拓人に向かって思いっきり頭を下げた。


『すいませんでした』


この件でただ言えるのは完全に拓人を自分の方へと巻き込んでしまったこと。
反感の意思を持たない筈の拓人にゴールを決めさせてしまった。

自分の感情を押し付け自分を保身した。
天馬が同じ考えだったからって調子に乗ってそんな事にも気付けなかったバカな自分。
我ながら笑いたくなる。



「…水城。お前は…本当に今のサッカーを変えられると思っているのか?」




拓人の問いに夏目はうまく言葉を探せなかった。











覇気のない練習風景。
シュートを外し、叱咤されるそんな光景がどうにも胸を突き刺して仕方がない。


「ねぇ夏目…あのさ」
『天馬……?』

「いや、ごめん。何でもない!」


その中にの神童の姿はなかった。
剣城の悪態も、ただでさえ不安定な心境の部員たちの不安を煽る要因の1つになる。
不穏な空気のまま朝練が終了し、片付けにかかることになった。


「サッカー部はどうなっちゃうんでしょうね…」
「久遠監督は、こんな雁字搦めの状況でも俺達の自由を認めてくれていたよな」


何でも失ってから気付くものだ。
皆が今までサッカーを続けてこれたのは少なからず久遠のお陰であったことは確かで。

「でも…それもできなくなりますね」

気付いた時には無くしている。
一方南沢の様に内申書を優先したいのか、部活をやる意味をそこから見出してしまっている者もいる
どうなったって従うだけ。
どうあってもそう思う事に慣れてしまっているのだ。


「結局……誰が来たって同じって事か」

「そんなことはないぞ!」


不意に聞こえて来る声に顔を上げると、階段の上に一人の人物の姿が見えた。
その姿は太陽の逆光で見えない。
徐々に見えてきた人物像に音無の顔明るくなっていく。

階段を降りてくる、どこかで見た事のあるオレンジ色のバンダナ。
完全にその人物が誰か理解した音無が駆け寄って、頭を下げた。



「お久しぶりです!」


剣城が元から寄っていた眉間の皺を更に深く刻む。
これで全員かと問う男に拓人がいないとだけ霧野が返事をした時、喉の奥から絞り出したようなか細い声が天馬の横で立ち尽くしていた夏目から漏れる。


『え……』


何だ、と何人かが視線を夏目へ移した途端走り出す夏目。
そしてその口から紡がれる名前に誰もが目を見開く事になる。


『円堂さん!!』
「おう夏目!久しぶりだな」

「円堂…ってまさか!?」
『どうしてここに!?』


夏目の半ば叫びながらの問いに円堂は冷静だった。


「今日から雷門中サッカー部の監督になった、円堂守だ!」

「えぇ!?」
「円堂守って…伝説のゴールキーパーの!?」


全員が驚愕して目を見開く。
剣城も例外ではなく驚愕しているところを見ると剣城―つまりフィフスセクターにとっても円堂守と言う人物は予想外だった、と言う事。
グランドに座ってた者も敬意からか全員が起立しているのを尻目にそれを視界に入れた夏目は疑問を感じざるを得なかった。
円堂が新しい監督だと言う事に驚きの声を上げる各々に、伝説とまで言われた円堂にサッカーを教えて貰えると言う事に喜びを隠せない天馬と信助。

そして円堂が伝えた放課後の予定。
練習場所は河川敷のグラウンド。
疑問をぶつける一同に円堂が言った言葉に全員がもう一度目を見開くことになる。




「勝つ為だ」




待っているぞ、と言い放って階段を上ってく円堂。


『あ…円堂さん!』
「え、ちょ夏目?!」


去って行く円堂を慌てて追いかける。
追いかけていった夏目にまた天馬が追いかけようとしたがその足は踏みとどまって、2人の背中を見届けた。


「水城のヤツ…なんで円堂さんと顔見知りなんだ…?」


ポツリと南沢が呟いた言葉に勿論全員が疑問を抱いていたがその言葉に答えを返せるものなど誰一人としていなかった。







『円堂さん!』


片付けもそっちのけで円堂を追ってきたのには勿論理由がある。
聞きたいことはいろいろあるが流石に今そこまでの時間はない。


「夏目、お前が聞きたいことはわかってる」
『じゃあ…!』

「俺はお前とフィフスセクターを倒す為に来た」


自分のサッカーを貫くためにフィフスセクターを倒すこと。
最大の目標であり最大の難所。
それを円堂は軽く言ってのけた。
それ程までに、決意が固く揺らぎ無いものだということを夏目に暗に教える。

彼は真っ直ぐだ。
なんの障害もないかのように一本の道をただただ突き進む。
それが今の夏目には眩しくもあり、自分のやっていることが間違っていなかったのかを教えてくれた。


『僕…この前の試合でィフスセクターの指示に背きました』
「…あぁ。話は聞いてる」

『…先輩を……神童さんを巻き込みました。自分のサッカーを守るために指示に従っていた彼を』


罪悪感の理由。
夏目にとって誰かを巻き込むと言う事には大きな意味があった。

もう自分の様な犠牲者を出したくないと言う思いからフィフスセクターに逆らってこのサッカーを変えようと決めていた。
なのに変える為には誰かを巻き込まなければいけないという矛盾。
頭を支配するのは良くも悪くもサッカーの事だけ。


「お前は何も悪くない」


久遠と同じ言葉、同じ仕草。
頭に置かれた手が少し荒々しく夏目の髪を乱していく。
涙ぐんだ顔を上げれば太陽のように笑う円堂。



「サッカー、取り戻すんだろ?」



不思議と胸にしみ込んでくる来る言葉に夏目はスッと胸の重荷がなくなって行く気がした。
そしてその言葉に夏目は力強く頷く。

『はい』


迷ってなんかいられない。
サッカーを取り戻すって決めたんだから。







監督、志同じく

(円堂さん、僕今日練習遅れていきます)
(神童の事か?)
(…はい)


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