【本】青春ボイコット

□第22話
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グランドから中学に帰る途中。

うっかりスパイクをグランドに忘れてきた天馬を尻目に葵が「サッカー以外の事はどこか抜けてる」と笑う。


「昔っからあぁなのよね」
『それが天馬のいい所だよ』


夏目がフォローをいれつつ少し落としたスピードで道を歩いていれば聞き慣れたパシャリというシャッター音。
言わずもがな茜のカメラだ。
ここ数日で茜のカメラフラッシュにも慣れてしまい、今では日常の一部として捉えることができるようになった。


『茜先輩…それ止めません?』
「だめ」
『いーじゃねーの、この色男!』


水鳥に思いっきり背中を叩かれた夏目は思わず女ですと突っ込みたくなった。
言う程男として振る舞ってはいないつもりなのになぜだろう、とも思う。
確かにサッカーのプレーに関しては色々とやらかしてはいるが、日常では裁縫をしてみたりとむしろ女っぽいとすら思われそうなのに。
何を美点と取るか分からない微妙な乙女心である。


「明日も練習あるんだからちゃんと休みなさいよ?」
「うん。天馬に一番言っとかなきゃ」
『僕がちゃんと言っとくって』

「「「「夏目(くん)もね(な)」」」」

『…えぇ〜…』


まさか全員に指摘されるとは思わなんだ夏目は少し恐縮した。



「そうだ!私この前部室の片付けしてたら去年のホーリーロード決勝戦のビデオ見付けたんだけど…それを餌に天馬を釣ればいいんじゃない?」
『あ、いいねそれ!』
「じゃあ絶対に夏目と天馬は休むことー!」
『アハハ、分かったよ信助』

「じゃあ、明日の朝練前に見ましょ!」


去年のビデオを見ておくのもいいかもしれない。
ホーリーロードはもう目の前。













河川敷から中学に戻ってきた頃には既に日は傾き夕日が刺さしている。
明日の朝のビデオ鑑賞の約束を取り付けた後、夏目はバイトに向かう為天馬を待つから、とゆったりした足取りの一同より先に駆け足で中学に帰ってきていた。

既に2、3年は帰宅してしまっただろう。
部室に向けてもう一走り、と思った矢先グランドのベンチに見える一つの人影。
見慣れたワイン色の髪、いつも見ているユニフォーム姿ではないが、あれは



『南沢さん?』



ベンチに座って、何をしているのかが気になって駆け寄ってみた。
名前を呟いた時に存在がバレていた様で南沢は別段驚きはしない。
ただただ物思いに耽っている。


『…どうしたんですか、こんな所で』


本格的に声をかけると南沢は息を上げた夏目を視界に入れ、再びグランドへ目を向ける。


「"このグランドじゃなくで河川敷でしか見えないモノ"ってなんだったんだ」


河川敷に現れなかった南沢は、南沢なりの答えを探していた。
それでも見つからず、今こうして夏目にその答えを問うたのだろうがそれを夏目の口から言うことは出来なかった。


『言えません』


きっぱりと言い張れば流れる沈黙。

爽やかな風がグランドを駆け抜けサァッと2人の髪を揺らす。
長く伸ばした前髪のせいで南沢の表情は見えなかった。
答えが見つからないことを嘆いているのか、夏目の口からそれを聞けないことに苛立っているのか。



「夏目」
『はい』
「お前、元キーパーだったんだろ」
『そうですけど…それが何か?』



トントン、と学ラン姿の彼は踵を踏んでいた靴をしっかりとその足に履く。
ベンチ横にあったサッカーボールを手に取り、グランドへと歩いて行く南沢を見つめていれば不意に振り返る南沢。
そして夏目を指さし、静かに言葉を叩き付けた。




「俺のシュート、止めてみろよ」




ささやかなる挑戦状。
それは善意も悪意もない、本当にただの挑戦状。
その目は真剣そのもので、反らすことも否を唱えることもできなかった。
自分でもわからない胸の高ぶりを感じつつ夏目はキッと気合いを入れた。


『受けて立ちます』


持ち帰ったスパイクケースをベンチに置き、南沢の先にあるゴール前へと立ちはだかる。

―久々の感覚

未練を断ち切れずずっと持っていたキーパー用グローブは夏目愛用のものでその表面は傷だらけ。
白い筈の皮でできた素材は黒く煤けてしまっていた。
左手はそのまま、右腕は黒いアームウォーマーの上からグローブをはめて拳を握り、その感触を確かめる。
一旦夏目のウォームアップが落ち着いたのを確かめると、南沢がボールを己の足元へ転がした。



「いくぞ」

『……どうぞ』



言葉と共に南沢が駆け出す。
夏目は全ての神経を集中させボールの軌道を追った。






「ソニックショット!!!」













答えの出し方は人それぞれで
行きつく答えも人それぞれだった

でも答えをも求めるという行動に変わりはなくて
求めている、と言う事は同じなのになぜこうも違えてしまうのか

行方を知るのはたった一つのボール

そしてその行方を知る者は
誰もいないのだ



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