【本】臆病者の恋物語
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謎が謎を呼ぶとは正にこの事なんだろうか、と拙い頭で考える。
サッカーが嫌いと言う割には毎日の様にサッカー部を見に来て、普段は冷たい瞳をしているのになぜか松風には(少しではあるが)温かみを含んだ瞳を見せるのか。
とんだ矛盾じゃないかと思うも事実なんか俺が考えてもわかる筈もなく。
そんな事を考えている間に授業は終わってしまった。
うっかりノートすら取っていない。
しまったと思い霧野にノートを借りに行こうと席を立った時に神童、と先生から背中に声がかかった。
何かと思えば次の授業の準備を手伝ってくれとの事で、正直早くノートを返したかったのでノートを写したかったのだが霧野が一日貸すから別にいいと言ってくれたので準備室へ向かおうと足を運ぶ。
だが先生はウチのクラスの担任ではない為、このクラスの人物関係の無知故に仕方ないが俺にとってかなり衝撃的な事を口走った。
「でも流石に一人はキツいか……神北!お前も手伝ってくれ」
I talk about the eyes
『…はい』
辺りがギョッとしたのがわかる。
と言うか、俺も神北が承諾した事に少し驚いていた。
でもなんやかんや言って神北は見かけに反して…と言うのは失礼だが真面目な人物だ。
真面目に授業は受けるし真面目に人の話は聞く。
ただしサッカーに関する事を除き、だが。
辺りのざわついた雰囲気にすら気付いてないのか先生は一度職員室へと去って行った。
実験準備室までは2人で行ってくれ、とは随分簡単に言ってくれたものだ。
『置いてくよ。神童拓人』
「あ、あぁ」
どうやら俺自身動揺しているらしい。
前へと進む神北の隣、と言うには距離の離れたそんな所から神北を観察してみる。
全くの無表情で、まるで凍り付いた様に眉一つ動かない。
でもこの表情が…松風の前だと、
『さっきから何?私の顔に何かついてる?』
どうやら観察していたのはバレバレの様だ。
間を開けてなんでもない、と素っ気なく返事をしてひたすら準備室への道を無言で歩いた。
相変わらずの冷たい視線。
どうしてサッカーが嫌いか?
どうしてそれなのにサッカーを見ているのか?
どうして神北の纏う分厚い氷は松風の前で溶けるのか?
先程の授業中同様頭を回る疑問。
準備室のドアを開け、誰もいないことを確認してから俺はいつの間にか先を行っていた神北の背中に質問を投げかけた。
「どうして」
『?』
「神北は…どうしてサッカーを憎むんだ?」
核心を突いたであろう質問。
きっとこれが全ての元凶であろうと俺が思った、矛盾の原点。
動かなかった神北の表情に影が差す。
いや、眉間にシワが寄った。
『貴方がよくそれを聞けたものだね』
言われるとは思った。
そうじゃなきゃ俺にサッカー嫌いを面と向かって言ったりはしないだろうから。
「…じゃあ、松風ならよかったのか?」
『!!』
我ながらこの名前を出すのは卑怯だと思う。
でも知りたかった。神北のサッカーに対する思いが。
「サッカーやってたんだろ?」
『…さぁ』
yesでもNoでもなかったがその答えはきっと肯定。
前の体育の授業中に見せたあの動きはどうやったって素人とは思えない。
しかも女子でなら尚更だ。
薄暗い準備室に沈黙が流れる。
『お前は…』
「神童!神北!早速手伝ってくれ!」
相変わらず空気を読まない理科教師。
なにかを言おうとした神北の言葉に被さってきた声に少しイラッとした。
準備を手伝っている最中に神北と視線が交わることはなかった。
ただ俺は神北の言葉の続きと
―――『貴方がサッカーを裏切るから』
そう言ったあの時と同じ、いつもとは違う愁いを帯びた目をしていたのが頭から離れなかった。
瞳は語る
(神北の表と裏の顔を)
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