【本】キミと奏でる愛の旋律

□第10曲
1ページ/1ページ


右手、と言うか右肩にはいつも通りの通学用鞄。
これはまぁ普通だった。

が、現在南沢の逆の手には奏の右手が握られている。



『篤志先輩がまた転んだりでもしたら大変です!』



最初はそう言ってて手を繋いでいたものの、学ランを着ている南沢には転んだとしてもあまり害はないだろう。
それどころか腕を引く奏の方が何度か転びそうになったのを見ていられなかった南沢が逆に奏の腕を引く事にしたのである。


「(神童が見たらキレそうだよな…)」


だが奏に怪我をさせる方が拓人は怒るであろう事を予想し、自分が奏の手を引く結果に至った。

年頃の男女が手を繋ぐ、と言う行為には本来それなりの意味がある筈なのだが奏にそんなことを求めても無駄な事を南沢は理解している。
まだ奏の頭の中では"兄の先輩"としか刻まれていないであろう、となんとなしに予想は付くからだ。



「受付行ってくるから大人しくしてろよ」

『はい!』



そんな奏の手を離し、病院ロビーのソファに腰掛けたのを確認すると南沢は受付へと歩いて行った。
その足取りはハッキリしたもので奏は大事に至らないようで良かった、と南沢の背中に小さな安堵の息をつく。


『(病院なんか久しぶりだな)』


最後に来たのいつだっけ、と思いながらキョロリと辺りを見回せば不意に見知った顔が1つ。




『あれ?……剣城くん?』




声を漏らしたもののどうやらあっちはこちらに気付いていないようだ。

まさか自分の知らない所で怪我を、いやもしかしたら持病?

一瞬でその要領を越える程頭に考えを巡らせ、やはりマネージャーとしても気になる、と言う結論に。
南沢に一言告げてから行こうとしたものの受付に行った南沢の背中に小さく謝り、結局南沢に何も言わず剣城の後を追った。









エレベーターだと見失う為階段で剣城の行き先と同じ階に駆け上がりこっそり後をつける。
病棟からして誰かの見舞いだと言うことは分かったが、次は誰の見舞いかと言う疑問が湧く。
最終的に剣城の行き先を確認しなければ疑問はつきない。




『ここだ……』




流石、と言うべきか息一つ乱さずに剣城の入って行った個室の前で足を止める。
廊下に張り出された名前のプレート。
そこには剣城がここに足を運ぶ理由としては十分な一人の名前が書かれていた。



『剣城……優一?』


スッとプレートを指でなぞる。
同じ苗字。剣城京介と剣城優一。
言わずもがな血縁者であろう予測は容易にできた。

兄か弟か、どちらにせよ剣城京介には大切な人間に違いない。
病気なのか怪我なのかはわからないけど、これ以上はマネージャーともチームメイトとも言えど踏み込む域ではない事ぐらいは奏にだって理解できる。

だが戻ろう、と奏がプレートから手を離した時。



「俺ちょっと飲み物買ってくるよ」



ガラッ

『…へっ!?』

「…なっ!?」



「京介?どうかし「なんでもないよ兄さん行ってくる!」
『ひゃっ!?』


予想だにしなかったドアの開閉に思わず素っ頓狂な声を上げれば剣城に伝染してお互い顔を見合わせながら目を丸くするというおかしな光景。

ドアを開けたまま硬直する剣城に病室から穏やかな声が飛び、ハッと意識をもどした剣城は慌てて奏の腕を引いて廊下を歩き出した。




「……なんで奏がこんなトコいんだよ…!?」

『え、と、篤志先輩の付き添いで…そしたら剣城くんがいたから怪我とかしてるのかなって……』
「追いかけて来た?」

『う、うん。ごめんね』




ある程度病室から離れ、自販機のある曲がり角で立ち止まりありのままの事情を説明する。
ふぅと息をする剣城に少しながら罪悪感が襲う。



『ねぇ剣城くん。"剣城優一"って、お兄さん?弟くん?』

「…兄さんだ。さっき言ってたろ」
『あ、そういえば…』


「ったく……」



唐突な出来事に今の今までの記憶すら一部抜けてしまっていた様だ。
剣城優一が剣城京介の兄だと理解すると、奏はおもむろに鞄から財布を取り出し傍の自販機でスポーツドリンクを一本買った。

ピッ ガコン

機械的な音が止んで缶を取り出し、それを剣城に差し出す。


『じゃあこれ、私からお見舞いに』


一瞬意味がわからず差し出された缶を見やり再び目を見開いた。



「……兄さんの事、聞かないんだな」

『聞かないよ。だって兄弟の心配するのは当たり前だもん。優一さん待ってるだろうし早く戻ってあげて?』


誰にも言わないから安心して、と缶を受け取る様子のない剣城にそれを押し付け、奏は微笑む。



『同じお兄さんっ子なんだから、剣城くんの気持ちちょっとわかるよ』



不意打ちと言わんばかりの笑顔に剣城は柄にもなく思わず顔を赤らめる。
だが何より、聞かないでくれる優しさが嬉しかった。


「奏」
『なに?剣城くん』

「…俺、」

『っひゃあ!』
「は?」



ブーン、と鳴り響くバイブの音。
奏のポケット辺りから結構な音を立てて響いている携帯はメール着信の合図だった。
急な振動にもう一度素っ頓狂な声をあげて跳ね上がった奏に剣城は何事かと軽く驚いた。



『あぁっ!篤志先輩、ごめんなさい…!』



どうやらメールの差出人は置いて行かれた南沢だった様だ。
怒っているであろう南沢に届きもしない謝罪を漏らし、荷物を肩に背負う。



『ご、ごめんね剣城くん!篤志先輩待たせちゃってるから行くね!』






「…剣城だと兄さんと被るだろ。"京介"でいい」






ちょっと予想外な言葉に奏は剣城を見やったが剣城は既にそっぽを向いてしまっていて目が合うことはなかった。




『また明日ね、京介くん!』




なんだか距離が縮まって嬉しいな、なんて思いながら、数分後こっぴどく怒られる事も知らずに奏は嬉しそうな笑みで廊下を駆けて行った。




兄想いな君と病院

(で、嬉しそうな所アレだけど俺に何も言わずどこ行ってたんだ)
(え、えっっと…その…!)

●●

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ