【本】青春ボイコット

□第32話
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天河原戦当日。夏目は朝早くから試合の準備をしていた。
秋の作った朝食を天馬より早くいただき、すぐに顔を洗いに行く。

うがいをして汚れた水を吐き出せば口内はスッキリとしており気分も少し晴れる。
するとバタリと扉の開く音。


「あれ……夏目早くない?」
『あ、天馬おはよ。僕今日病院行かないとダメなんだ』

「……病院?」


寝起きなのか覚醒していない目を擦って天馬が聞き返した。
天馬の目は擦ってもなかなか覚醒しきらない様で焦点が定まっていない。
一方夏目は既にユニフォームに着替え外に出る準備はできている。
上下左右変形自在についた天馬の頭についた寝癖を触ってみれば意外とその髪は柔らかかった。


『そ、だから僕開会式遅れるかもしれないから』
「………うん」

『監督とキャプテンに言うの忘れてたから言っといてくれる?』
「……うん」

『天馬…起きてる〜?』
「…うん」


駄目だこりゃと一言心内で呟いて秋を呼ぶ。


「あら天馬、起きたのね」

『天馬が試合前に階段から落ちたりしないよう見張ってて下さい』
「はいはい。夏目ちゃんも気を付けてね。ほら天馬!朝食できてるから!」
「…うん」


駄目ねこれは、と秋が先程の夏目の考えていたことと同じことを今度は口に出した。
未だ天馬の頭は覚醒していならしい。

夏目はやれやれと息をついてカバンを方に背負う。
もう家を出ないと病院は混んでくる。
天馬と秋に背を向けて夏目は行ってきますと木枯らし荘を飛び出した。



『(…天馬多分電話のことわすれてるだろうなぁ…)』



病院に向けて走っている途中、夏目はカバンから携帯を取り出して電話帳を開く。

かける先は円堂と拓人。
自分が遅れることと言うついでに天馬も寝坊で遅れるかもしれないという旨も付け足しておこう、と夏目は走りながら思うのだった。














白く大きく立っているここは病院。
理由は割合させてもらうが夏目は定期的にここを訪れていた。


「やはりサッカーは続けているんだね?」
『はい』

「……本当はサッカーなんて君には一番危ない類のスポーツなんだがな…」


レントゲン写真を見て医者が呟く。
夏目は無言でアームウォーマーを装着した。

―その言い振りからすると問題はないのだろう。
表情を固めたまま夏目と医者が向き合う。



「やめる気はないのか?」
『えぇ、…ありません』

「…今のサッカーはなかなか辛いものだと聞いたが」
『……やめませんよ。僕は辛いから止めないんです』



夏目は言葉も信念も曲げる気はない。
それが医者にも伝わったのか医者はキィ、と椅子を回し机に向かい合う。


「なら、その覚悟を私にも見せてもらおう」
『!はいっ!』

「診察は終わりだ。行ってくるといい」


背中を向けたまま言った言葉にそれ以上の後押しはなかった。
夏目は顔を上げ早々とカバンを持ち上げる。

うるさくない程度に素早くドアを開け、最後に診察室内を振り向いて頭を下げる。



『ありがとうございました豪炎寺先生!』



夏目の主治医である豪炎寺勝也はその声を背中に浴びながらカルテに診察結果を書き込み、現在の若者達へ思いを馳せるのだった。









勿論それなりの回数ここに来ているため医者も看護師も見知った顔になってくる。


「夏目ちゃん、今日からホーリーロード?」
『はい。今日からしばらくこまめに来ると思います』


病院で無事診察を終え受付で会計をしているとそのまま次の受付仕事がないことを確認したナースが夏目に声をかけた。
会場に向かおうと後ろを向きかけていた夏目は受付に振り返り会話を続ける。
慌てることなく財布を鞄にしまい、完全に2人は向き直る。







「無理しちゃダメよ。ただでさえハンデがあるんだから」







ぐらりと瞳の奥が揺れたような感覚が襲った。

もとからのハンデ。
―埋まることのない男と女のハンデ

そして……


『…そんなハンデ、僕の実力でねじ伏せてみせますよ』
「夏目ちゃん!そうじゃなくて…!」


夏目は笑って背を向け、規律を守り走らないで病院の出口を目指した。
その背中に手を伸ばし慌てて引き止めようとしたが既に夏目は出口付近にいる。



『あはは、行ってきます!冬花さん』



手を振って病院を去っていく。
そしてあの戦いの舞台へ赴きに行く。

あの振られている手にどんな思いがこもっているのだろうか。




「夏目ちゃん…守くん……」




自動で開き、自動で閉まっていくガラスのドアにもどかしさを感じながらナース…冬花は手元にある夏目のカルテを見て呟くのだった。










沢山の思いを乗せて

(君は戦いに行くんだね)
(見守ることしかできない自分は)
(あの時から変わらないの)



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豪炎寺の父親はこの病院で働いてるっていうのは捏造です。
最後の語りは冬っぺ。

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