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□深い藍に沈む
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「溶けそうやのぅ…」
不意に届いた声に、柳は振り返った。
そこには、帰ったはずの仁王の姿。
夜の帳が降りたコートに一人立つ柳を見て、彼をそう形容したのだ。
「…何が」
「お前さんがや。そのまま、すぅっと、な」
ふ、と柳は笑う。
仁王は春の夜の寒さに身震いした。
「忘れ物か?」
「ん、そんなとこ。柳は?」
「新しいメニューのシミュレーションをな」
ゆっくりとコート内を歩く柳を、仁王はベンチに座って観察する。
背の高い、鍛え上げられたはずの体。
それは不思議なくらい、か細い見えて。
「ほんま、溶けそう…」
「まだ言うか?」
「ん、言う」
「そんなに頼りないか、俺は」
「せやな…守りとうなる」
「俺より背の低い奴に、言われたくないな」
そう言うと、仁王は大袈裟に額を押さえ、ショックを受けた仕草をした。
それを見て、柳は笑う。
「なんか、お前さんて」
「うん?」
「どっかに何か、置いてきたみたいやのぅ」
「…ほぉ、そんなことは初めて言われたな」
薄い笑みを含んだ表情で、柳は仁王を見る。
覗かない瞳なのに、やけに視線を感じた。
「…図星なん?」
「さぁ、どうだろな」
その余裕に苛立って、仁王は左手をピストルに見立てて構えると、
「ばーん」
柳の額めがけて、引き金を引いた。
「…何だ」
「んー、何となくな」
満足したらしい仁王は、立ち上がると歩き出した。
数歩進んだ所で振り返る。
「柳は、最後の引き金は、誰に引かす?」
「…そうだな」
「俺じゃあかん?」
ふふ、と柳はまた笑う。
少しの沈黙の後、柳は口を開いた。
「候補に、入れておいてやる」
その言葉に仁王は口角を上げる。
ひらひら、と手を振って、足を進めた。
「…その時くらいしか、なれんからのぅ、きっと…」
フェンス越しに柳を見つつ、小さく呟く。
(お前さんの全世界にはな…)
最後の引き金を引く時、彼はきっと、ただその相手だけを見る。
そんな彼の全世界に、なれる日が来るなら。
(…その日まで、絶対死ねんわ)



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