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□このどうしようもない世界であと何回君は産声を上げるつもりですか
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※数年後、同棲





「眠れないのですか」

真夜中三時半。
ベッドから身を起こして椅子に座った君島くんをしばし観察した後、そう声をかけた。

「…起きてたんですか」
「ええ」

彼は驚いた顔で、外していた眼鏡を掛け直した。

「眠れなくて」
「生憎、僕もです」

僕もベッドから下りて、彼の隣に座る。
月明かりに浮かぶ彼の顔は青白く、このまま消え去りそうに見えた。
そんな幻想に、心中で自嘲する。
それを掻き消すように彼の頬に手を伸ばして、唇に触れるだけのキスをした。

「では君島くん、散歩にでも行きましょうか」
「真夜中ですよ」
「この時間なら、手を繋いで歩けますよ」
「…行きます」

躊躇いがちの肯定に、僕は口元を緩めた。









はいどうぞ、と手を差し出すと、君島くんは周りを見回した後、おずおずと手を握った。
その力の弱さに無性に不安になって、彼の指に指を絡める。
彼は顔を上げて、少し困った風に笑った。
秋の夜風は冷たい。
人気のなさが、その冷たさを助長する。
口数も少ないまま、近くの公園に差し掛かった。

「座りましょうか」
「そうですね」

繋いだ手はそのままに、ベンチに腰を下ろす。
見上げれば、満月が赤く光っていた。

「ここでセックスしましょうか」

世間話の延長のようにそう言うと、君島くんは目を丸くした。

「…どうしたんですか、そんなこと言う人じゃないでしょう」
「いえ、月が綺麗なので」
「月が綺麗だとそんなこと言い出すんですか。狼男ですか貴方は」
「はは、面白いですね、それ」

自分の笑い声の渇いた音に、背筋が寒くなった。
絡めていた指をほどいて、彼の体を抱き寄せる。
君島くんは戸惑った風に身動いだ。

「君島くん」
「はい?」
「貴方は、いつ出て行ってもいいんですよ。貴方には、まだまだ未来があるんですから」
「…」

声が震えたことが、愚かしいと内心笑った。
僕はどうにも、嘘をつくのが苦手らしい。
しばし沈黙が流れる。
やがて君島くんは僕の腕を振りほどいて、立ち上がった。

「帰りましょう」
「え?」
「夜風は貴方に、余計なことしか言わせません」

君島くんはこっちを見ずに、俯く。

「貴方は私から、未来を奪うおつもりですか」

やがて振り向くと、僕の目を見て小さくそう呟いた。

「貴方のそばにいることが、私の未来なのに」

悲しげなその声に、自分の愚かさを反省した。
大人のはずの僕の方が、ずっと子供だ。

「…すみません、馬鹿なことを言いました」
「…いえ」
「帰りましょうか」
「…」

無言のまま歩き出した君島くんの背中を追う。

「君島くん」
「…」
「待って下さい」
「…」

君島くんは素直に立ち止まると振り返り、やわらかく笑った。
あぁ、僕の知らないうちに、こうやって彼は大人になっていくのだろう。
はいどうぞ、と今度は彼から差し出された手は、掴んでいた時よりもずっと大きく感じられた。














―――――
君島くんがいつか齋藤コーチよりも大人になる未来に盛大に萌えます

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