main1

□Systematic
2ページ/2ページ


絶好の撮影日和だ。
冬の晴天は白く眩しく、俺は目を細めた。
マネージャーの運転でやってきた場所は、都内のホテル。
特にハイクラスではない、普通の設えのホテルだった。

「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「ああ、おはよう。よろしくお願いしますね」

齋藤さんやスタッフの方々と顔合わせをする。
そのあとはいつも通り、メイクと衣装合わせに入る。
白いカッターシャツに黒いスラックス。
何の変哲もない衣装に、少し驚いた。

首尾よく撮影に入り、何百回とフラッシュを浴びる。
最初はプールサイドで、これまた何の変哲もないポーズを繰り返す。
一時間が経過したところで、齋藤さんが提案した。

「そろそろ、二人にしてもらえますか」

噂に聞いていた通りだ。
被写体と二人きりで撮影するカメラマンは珍しくないが、齋藤さんはある段階でそれを求めるらしい。
ある段階とは、単純だ。
本気を出したい、と思った時だ。

俺はなぜか一瞬悪寒を感じて、唇を噛みしめる。
出口に消えていくマネージャーやスタッフの後ろ姿を目で追う。

「三津谷くん」
「はい」
「ここからが本番です」
「・・・はい」

瞬時、齋藤さんの瞳に、既視感を覚える。
それはどこで見たものだろうか、考えているうちに次の言葉を投げられた。

「プールに入ってもらえますか」
「このままですか」
「ええ、服のままで」
「分かりました」

そう言えば、撮影が始まって小一時間経ったというのに、未だに水に触れていなかった。
俺は恐る恐るプールサイドに腰を下ろし、片足を入れた。
冷たい。
温水とはいえ真冬だ。
じわじわと濡れた衣服が体温を奪い出す。
いっそ全て濡れた方が暖かいと判断し、早急に全身をプールに埋めた。
冷たい。
それがやがて、体に馴染み、一つ息を吐く。
そんな一挙一動を収めるかのように、齋藤さんはシャッターを切り続ける。

「好きに動いてください」

俺はその指示に従って、自由気ままに遊泳する。
体にまとわりつく衣服が若干不快だが、それもまた新鮮だった。
しばらくは平泳ぎで進んだり、仰向けに浮かんだりしていたが、眼鏡が濡れたので一度プールから出て、外してテーブルに置いた。
齋藤さんは何も言わず、にっこりと笑う。
少しぼやけた視界に顔をしかめながらも、思い切って頭から水中に飛び込んだ。
水面との激突による衝撃を受ける。
泡が弾け、体を取り巻く。
水色に染まる世界。
底に引きずり落とそうとする服の重みに抵抗する。
解放を求めて、空気を求めて顔を出す。
たのしい、たのしい。
人工の水槽で、俺は精一杯、生きる。

「三津谷くん」
「はい」
「そろそろいいですよ」

小一時間水と戯れて、撮影は終了した。
俺は心地良い疲労に包まれた状態で、マネージャーにバスタオルをかけてもらった。
温もりと、マネージャーの顔を見たことで、やけに安心した。
そのまま今の撮影について彼と話をした。
彼は笑顔で、俺の話を聞いていた。

「飛び込みは、どこからした?」
「えっと、こっちだったかな」

彼がそう問うので、俺は自分が飛び込んだ場所のプール際まで歩いた。

「飛び込みなんて高校以来で・・・」

水の中を見やりながら、そう言ってマネージャーの方に振り返る。
その時だった。
今の今まで他愛のない話をしていたマネージャーが、瞬時に笑みを消して、
俺の肩を、押した。

「     」

声も出なかった。
避けられない重力を感じて、俺は背中からプールに落ちていく。
全てがスローモーションのように見えた。
視界に入ったマネージャーの表情、壁に掛けてある時計、天井、天井、天井。
やがて天井しか見えなくなって数秒、背中に衝撃を受けて、何も見えなくなった。

「っっっ!!!」

叫ぶように喘ぐように、必死になって水中から顔を出した。
鼻と口から入った水が正常な呼吸を奪い、何度もせき込む。
元凶であるはずのマネージャーが真っ青な顔をして、プールに服のまま入ってきて、俺の腕を引いた。
そして引きずられるように、プールサイドに上がった。

「ごめんね、三津谷くん」

息を整えていると、カメラを抱えたままの齋藤さんが歩いてきた。

「僕がお願いしたんだよ。三津谷くんを、突き落として、って」
「・・・え?」
「人は本当に驚いたときって、真っ白になるでしょ。それってすごく、人間的なくせに非人間的だと思わないかい?実に逆説的で面白い。その瞬間を、撮りたかったんです」

俺は息を呑む。
言葉を返すことが出来ずに、ただただ齋藤さんを見つめた。

「いい画が、撮れましたよ」

彼は驚くほど屈託のない笑顔を向けた。
それは、まるで幼い子供が心から喜んでいるような笑顔だった。

「ありがとうございました」

何事もなかったかのように礼を告げると、齋藤さんは踵を返して立ち去った。
俺はその背中を、ぼんやりと眺めていた。

「・・・あくと、」

やがて、マネージャーが俺の肩を叩き、我に返る。
差し出された眼鏡を反射的に受け取って、ゆっくりとかけ直した。

「大丈夫だったか?」
「・・・まぁ、何ともないけど」

マネージャーの顔を見ると、ひどく蒼白で、思わず笑ってやった。

「役者になれるんじゃないか。すごい自然だった」
「・・・」
「そんな顔するなよ。いい写真、撮れたみたいだし」
「・・・ごめんな」
「馬鹿」

肩を小突いてやると、やっといつもの顔に戻った。
俺は濡れた髪を掻き上げて、足早に更衣室に向かった。
鼓動の早さと奥底の熱は、なかなかおさまらなかった。















その夜帰宅して、今日のことを毛利に話した。
毛利はベッドに寝ころんだまま、終始無表情で俺の話を聞いていた。

「俺、思った以上にマネージャーのこと、信頼してたんだな・・・」
「信じられへんかったん?そんなこと、するわけないって」
「うん・・・びっくりした」

俺は何度も何度も今日の撮影を思い出す。
齋藤さんは、思った以上に鋭い魅力を持った人だった。
彼によって人間味を奪われて、弄ばれて。

――いい画が、撮れましたよ

言われた言葉を反芻する。
すると体の奥から、得体の知れない熱が沸き上がる。
俺は立ち上がって、毛利が横になるベッドに近付く。
そして緩慢な動作で、彼の上に覆い被さった。

「・・・なぁ」
「ん?」
「したい」
「・・・へぇ、珍しいこともあるもんやなぁ」

毛利はやっと笑顔を浮かべて、俺の頬に手を添えた。
俺は噛みつくようにキスを仕掛けて、早急に毛利のベルトに手をかけた。















毛利の上に跨って、腰を落として境界をなくす。
奥底が渇いて渇いて仕方がない。
馴染むまで息を詰めて、ゆっくりと吐く。
毛利は俺の様子を伺うだけで、自分からは動かない。

「・・・なぁ、」
「なに?」
「お前、以前・・・写真を撮ることと、セックスはイコールだって言ってたよな」
「ええ、言いましたね」
「・・・それ、ちょっと分かった」
「・・・」

毛利の腕が伸びてきて、引き寄せられると唇を奪われた。
散々口内を蹂躙されて、息が乱れる。
唇を離すと、唾液の糸がだらしなく切れて落ちた。

「・・・ええの、撮れたんですね」
「ふふ、」
「そんなに楽しい撮影だったんですか?」
「・・・・・・きもちよかった」

自分でも自覚できるくらい、妖艶な笑みを浮かべた。
毛利は一瞬不機嫌な顔をしたかと思うと、腰を掴んで一気に突き上げてきた。
俺は衝撃に唇を噛んで、目をつむった。
幾度となく下から激しく突かれて、俺は惜しげもなく醜態を晒す。
達する寸前に動きが止まって、そのまま体を押されて視界が反転する。
繋がりが一度解かれたかと思うと、脚を広げられて再度侵入された。
毛利の首に腕を回して引き寄せると、首筋に痛みが走った。

「・・・お前でも、妬くんだ」
「妬いてるんでしょうね」

痕をつけられるのは、非常に珍しい。
俺は息を整えながら、毛利の目を見つめた。

「あくとさんが誰と寝ようとどんなAVに出ようと嫉妬しない自信ありますけど・・・今回は無理ですね」
「・・・なんだそれ」
「俺もよう分かりませんけど」

毛利はどこか苦しそうに笑って、軽いキスをしてきた。
恋人同士のような軽いリップ音が、薄ら寒くて笑えた。

「楽しみにしてますわ。齋藤さんが撮った、あくとさん」
「お前より悪趣味だったら乾杯しような」
「・・・そうですね」

そう呟くと、両手で腰を掴まれた。
衝撃を予期した俺は、シーツを掴んで目を閉じた。

瞬時、齋藤さんが「ここからが本番です」と言った時の目が頭を掠める。
あの既視感の理由は他でもない、俺を抱くときの毛利の目と同じだからだ。

確かめようと開いた目は、快楽に飲み込まれて判断力を喪失した。

























―――――
あくとさんはドMですってだけの話でした
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ