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□夜を閉じる鍵
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家に招かれた時は、何事かと思った。

大和が入水してから半年が経った時だった。
僕は徳川くんのことを心配して、以前から何度かメールや電話をしていた。
しかしそんな行為も空しく、返信はなく、電話にも出てくれなかった。
そんな矢先に突然電話がかかってきて、家に招かれたというわけだ。

「・・・そのままなんだね」

上がると同時に通されたのは、大和の仕事部屋。
そこは独特のにおいで充満していた。
パソコンは点いたまま、メモも途中のまま、コーヒーも残ったまま。
きっと大和が死んでから、何一つ手を付けていないのだろう。
そっと机の上の物に手を伸ばすと、素早く手をはたかれた。

「・・・触らないで、もらえますか」

その必死の形相に、僕は溜め息をついた。
そしてごめんね、と謝って、腕を組む。

「・・・ここが徳川くんの聖域なら、どうして僕なんか入れたのさ」
「・・・」
「誰かに、見てほしかったんでしょ」
「・・・」
「ねぇ、徳川くん」

崩れるように膝を折った徳川くんのそばにしゃがみ込む。
頭を胸に抱きしめてやると、嗚咽が聞こえてきた。

「・・・ねぇ徳川くん。今、君に必要なことは、物理的にでも、解放されることだよ」

髪の毛を指で梳きながら、言葉を続ける。

「だから、僕の家に住みなよ?」

徳川くんは躊躇いもせず、頭を縦に振った。
ああ、こんな馬鹿げた提案を簡単に受け入れるほどに、彼は弱っている。
そう実感した瞬間、僕の頬に涙が伝った。

徳川くんのことは、もうずっと昔から好きだった。
徳川くんが、大和への気持ちを僕に相談してきたそのずっと前から。
だから僕は、徳川くんの幸せを願うことにした。
彼が幸せになりさえすれば、それで十分だった。
けれども僕は、大和の心を知っていたから、それさえも叶わないって思っていた。
でも、大和が徳川くんを受け入れたと聞いたから、それでいいって、思ってた。思ってた、のに。
徳川くんを幸せにできないなら、死んでしまえばいいって思うくらい、大和のことを憎んでいた。
でも、本当に死んじゃったんだから、もうそんなことも言えないじゃないか。
徳川くんの幸せを願っている僕は、彼を幸せにすることはできない。
だから、だから大和に託したのに。
なのに、なのに大和、お前は、

「・・・じゃあ、早速荷物まとめてよ」
「え・・・」
「仕事の荷物と、数日分の服で十分でしょ」
「いつから・・・」
「今日に決まってるでしょ」

笑顔を張り付けて、ほら立って、と促した。
徳川くんは少し困った風に、不器用に笑った。



手早く荷物を詰めると、キャリーバッグと手提げ鞄二つに収まった。
重い扉を開けて、外に出る。
そして蓋をするように、鍵をかける。

「持つよ」

手提げ鞄を徳川くんの手から奪って、遠慮する彼を制して肩に掛ける。
彼の背負う物をほんの少しでも軽くすることができるなら、僕は何だってする。

「行こうか」

僕らは歩き出す。
キャリーバッグを引く音が、低く響く。
風が舞う。西日が目を焼く。
僕らがどう変わったって、世界は何も変わらない。
そう、深く実感した。

「入江さん」

突然呼び掛けられて、足を止め、振り向く。

「・・・あなたは、優しい人だ」

時が止まったようだった。
僕は何も言葉が浮かばず、ただ徳川くんを見つめていた。
徳川くんは俯いて、再び歩き始めた。
立ち止まったままの僕を追い抜いて、そのまま進んでいく。
西日に包まれる徳川くんの背中を眺める。
このまま消えてしまいそうだと、ぼんやりと考えた。

「・・・もったいない言葉だね」

そう小さく呟いて、僕も歩き出す。
全てを受け入れよう。
たとえそれが、どんなに辛くても。
そうすれば、自ずと前に進める。
きっとこの世界は、そういう風に出来ている。
そう、信じたい。

涙が溢れて視界が滲む。
それを拭うこともせず、僕はただただ歩いていた。










―――――
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