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□一秒という過多
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時刻は夜の八時を回った。
テレビの音だけがやけに明るく部屋を照らす。
机には、中身がなくなった皿が二人分。
無気力にテレビを眺める毛利の横顔を見る。
こいつはこんなにも、静かだっただろうか。
無言のまま皿を重ね、台所に運ぶ。
食事を作ってもらった方が、後片付けをする。
それが、俺と毛利の生活のルールの一つだった。

毛利が俺と同じ大学に入ってから、ルームシェアを始めた。
個室は二つで、お互いのプライベートを尊重する。
時間が合えば、共にリビングで食事をする。
友人を連れてきてもいいが、事前に確認する。
他にも細かいルールはたくさんある。

今日は毛利が食事を作った。
だから、俺が後片付けをする。
洗剤をスポンジにつけて、皿を洗う。
水の音と、テレビの音が混在する。
それがやけに、耳障りに感じる。
恐らく疲れているのだろう。
連日のバイトとレポート作成で寝不足だからだ。
小さく息を吐いて残りの食器に手を伸ばすと、隣に気配を感じた。

「明日って、休みですか?」

そこにはいつの間にか、毛利が立っていた。
鈍った脳が反応を遅らせ、空白が出来る。
つきさん、という柔らかい呼び声で、覚醒する。

「・・・ああ」
「じゃあ、朝遅くても大丈夫ですよね」
「そうだな」

お前は、と聞く前に、毛利は背を向け自室に戻った。
揺さぶられている。
本能的にそう思った。
そんな妄執を流すかのように、水圧を上げた。









風呂から上がり、自室で雑誌を眺めていると、ドアがノックされた。
何だ、と応えると、毛利が部屋に入ってきた。

「この前の飲みで、月光さんのこと知ってる女の子がおって、」

話しながら、毛利は腰を下ろす。

「メアド知りたいってメールきたんですけど、どうします?」
「・・・」
「普通にかわいい子ですけど」

面倒だ。
それが率直な感想だった。
しばし黙っていると、汲み取ったらしい毛利は苦笑し、分かりましたよ、と言った。

「・・・別に教えてもいいが、」
「メールそんな好きな人じゃないって、言っときましょか?」
「・・・ああ」

なんかすみませんね、と言いながら、毛利は腰を上げた。
部屋に戻るのだろうと、俺はもう一度雑誌に目を落とす。
すると毛利の手が伸びてきて、顎を掴んで上を向かされた。
半ば強引に唇が重ねられる。
またこいつは、と俺は呆れ、抵抗する気さえなかった。

別段恋仲というわけでもないが、酔った時になど、戯れのように触れ合うことをしたことはあった。
それはセックスと言えるほどのものでもないが、お互いのいいところを触り合う。
自分でするか、相手にさせるか。
それだけの差くらいに思っていた。
何度目の時だっただろうか、触れ合いながら、毛利がキスをしてきた。
口内で深く探り合いながらお互いを追い詰め、解放したことを鮮明に覚えている。
それからというもの、何故かキスだけを仕掛けてくることが増えた。

ゆるやかに舌を絡めて数秒、唇を離す。
毛利は何とも言えない笑みを浮かべて、おやすみなさい、と部屋を後にした。
欲求が誘発されていることを、毛利は分かっているのだろうか。
毛利とのキスは、最初があのような光景だった。
だから、それをすることによって、どうしても自慰に直結する。
そうして手を汚した後は、死にたくなる。
毛利に対して怒りにも似た感情が沸き上がるが、果たしてその矛先は正しいのだろうか。
問題は、対処の出来ない自分なのではないだろうか。
誰にも相談出来ないまま、もうどれくらい経つのだろう。
深い溜め息をついて、俺は目をつむって夜に逃げた。











遅く目を覚まして、リビングに行く。
毛利は既に起きていて、テレビを見ていた。
軽く挨拶を交わして、俺は冷蔵庫を開け、水を取り出す。

「そのシャツ、新しいですね」

突然のそんな言葉に、俺は驚く。

「・・・よく気付いたな」
「結構ちゃんと、見てるでしょ」
「・・・」

憎い。
生温い憎悪がこみ上げてくる。
それは痛めつけたいというような感情ではない。
強いて言うならば、嫉妬だ。

「お前は、上手く生きていくんだろうな」
「何なんですか、それ」
「・・・お前から学ぶことがたくさんある」
「何か、馬鹿にされてる気がしますけど」

からから、毛利は笑う。
俺の言葉の意味を、どれだけ理解したかなんて知らない。
例え深淵まで理解したとしても、それに乱され奪われることなどないのだろう。
そんな器用さを、毛利は備えている。

コップをシンクに置き、水を注ぐ。
照準を外した水の流れは、シンクに小さな水たまりを作った。










―――――
決して同棲なんていう甘ったるいものではない殺伐系ルームシェア寿月が書きたくて
うちの寿三郎ちゃんはほんと悪い子!

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