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□水の底
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※オリキャラ注意









合宿を終え、最寄り駅に着く時間が確定した。
それを電話で兄に伝えると、「外回りの途中やから拾ったるわ」と返ってきた。
俺は曖昧な返事をして、速やかに電話を切った。





「おかえり」
「・・・うん」

久々に降り立った最寄り駅のロータリーに、兄の車が停まっていた。
兄は俺の荷物を後部座席に置くように言い、それに従った後、助手席に座った。
車内には少し煙草のにおいが残っていた。
他愛ない話をしながら、兄が車を発進させる。
いつからか定かではないが、母親代わりの保護者になっているのが、父でも姉でもない、十も離れた兄だ。
父は仕事で忙しい。
姉はまだ幼い。
そのような言い訳から、兄がその役を務めていた。
合宿中に具合を聞く電話も兄から、だから必然的に帰宅時間を伝える相手は兄になると言うわけだ。
兄は不動産の営業をしている。
まだまだ若手だが、帰宅時間はいつも遅く、出る時間も早い。
家事は分担しているが、例え形式上の母親代わりとはいえ、心労は絶えないだろう。
苦しくて喘いでいるはずなのに、俺たちのことばかり気にしている。
それなのに、兄はいつも笑っている。
俺はその笑顔が嫌いだ。
だから「笑うと似てる」と言われることが嫌なのだが、長年一緒にいたせいか、張り付いてしまった。

「あの人には会えたんか?」

一つ目の信号で停まると、兄がそう聞いてきた。

「誰?」
「ゆうてたやん、なんかひょうてい?の人」
「ああ、ダブルス組んでた」
「ほんまか!?お前電話で何もゆわんかったやんか」
「あー・・・ごめん」

兄と話すことが嫌いなわけではない、むしろ好きだ。
ただ、合宿所であまり長電話をすることには抵抗があったし、何より疲労が勝った。

「ええ人やったか?」
「うん、めっちゃええ人」
「そうか、よかったな」
「・・・うん」

俺は窓から見慣れた風景を眺める。
日が傾き、西日が目を焼いた。

「・・・その人、兄ちゃんに似とった」

ふと、無意識にそう言っていた。
兄の方を見ると、少し驚いた顔をしていた。

「なんやそれ、」

兄は照れくさそうに笑いながら、突然手を伸ばすと俺の髪を乱暴に撫でた。

「ちょ・・・なにするん」
「はは」

俺が抵抗するとすぐに手を離し、ハンドルを握り直した。
そして再び車を発進させる。
「親のような」態度に無性に腹が立って、兄の横顔を睨みつける。
その視線に気付かない(もしくは気付かない振りをしている)様子にさらに腹が立った。

思い返せば、兄が「子供」だった時の記憶がない。
十も離れていれば当然かもしれないが、それが俺には不思議だった。
もしかしたら、兄は「子供」の時期を経ずに「親」になったのかもしれない。
だから、俺の気持ちが分からないのだろう。

「なぁ、寿三郎、」
「・・・もう喋らんといて、しんどい」

だから、こうしてまるで教えるかのように、「子供」のあり方を突きつけたくなる。
兄は別段いらついた様子もなく曖昧に笑い、口を閉じた。
そのまましばらく車を走らせると、家に到着した。
俺はありがと、と小さく言って降り、荷物を下ろす。

「じゃあな」

兄が車の窓を開けてそこから顔を出した。

「まだ仕事なん?」
「ああ、あと一件あるから」
「・・・ふぅん」
「早めに休むんやで、ええな」
「・・・はーい」

空っぽな返事をすると、兄は俺の嫌いな笑顔でまた笑った。
俺は思わず目をそらして、ラケットバッグを肩に掛ける。
兄は窓を閉めると、素早く去っていった。

「・・・お疲れさま」

西日に消えていく姿を見ながら、一度も言えたことのない言葉を呟いた。













―――――
ついったで友人が寿三郎とお兄さんの話しててそのネタを頂戴しました
家族構成に母親の表記がない=父子家庭=寿三郎ちゃん可哀想って構図もまぁいいけどお兄さんにスポットライト当てるのもありだよねぇと思い勢いで書きました

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