main1

□アプリコット・シンドローム
1ページ/1ページ




「なんじゃ、その爪」

風呂を終えて部屋に戻ると、赤く染まった三津谷の爪が目に入り、俺はそう問いかけた。

「あ、これですか。なんか種ヶ島さんにマジックで塗られました」
「は?」
「風呂入っても取れないんですよ」

不機嫌に三津谷は言いながら、自分の爪を見やった。
全ての指先に、深紅のマニキュアが塗られているようだ。
その指で髪を掻き上げる仕草は、女そのものだった。

「そうだ、テーピングしましょうか?」
「おう、いつもすまんの」

額に傷を作って以来、絆創膏のテーピングをするのは、同室の三津谷に任せていた。
俺はいつものように椅子に腰掛けて、その前に三津谷が立つ。
慣れた手つきで絆創膏を貼り、固定用の白いテープをちぎる。
その指先が、赤い。

「欲求不満なんですか?」
「は!?」
「いや、俺の爪に見入ってるから、女性が恋しいのかなと」
「おどれ・・・」
「あはは、冗談です」

不覚にも少し動揺してしまい、俺は居心地が悪くなる。
図星だった分、質が悪い。
しかしこのまま黙っていては、先輩としての立場がない。
何か言い返そうと考えたが、言葉が見つからずに黙り込む。
その間に三津谷は手際よくテーピングを終え、満足そうに「よし」と言った。
声に触発されて俺が目を上げると、三津谷と視線が絡む。

「・・・三津谷のことは、きれいな顔しとるとおもっとる」

思わず口から出た言葉に、自分でも驚いた。
言われた三津谷は寸分の惑いも見せずに、

「よく言われます」

と笑顔で答えた。

「・・・気に障る奴じゃのう」
「それもよく言われます」
「・・・」

返す言葉をなくした俺は、立ち上がって「ありがとな」とだけ言った。
三津谷は「いえ」と短く返事をして、救急箱に絆創膏とテープを片付けた。

「俺も袴田さんのこと、かっこいいと思いますよ」

外に出ようドアノブに手をかけた瞬間、そんな言葉が追ってきて振り向いた。

「ピアスが」
「ピアスだけか!!」

盛大に突っ込むと、三津谷は満足そうに笑った。

「冗談ですよ。袴田さんって本当に面白いですね」
「・・・」
「そんな睨まないで下さいよ。本当ですよ。何度か手当してて、袴田さんの顔を近くで見ましたけど、造形が端正ですよね」

ぞうけいが、たんせい・・・

「イケメンってことじゃな!」
「うわー・・・変換遅・・・そりゃあ陸奥さんたちに『馬鹿まだ』って呼ばれるわけですね」
「じゃかましいわ!!」

喜んだのも束の間、三津谷の首に腕をかけて圧迫する。
苦しい苦しいと抵抗する三津谷の指先が、俺の腕に食い込む。
その赤色が目に入って、思わず腕の力が緩む。
隙をついて逃れた三津谷は、素早く部屋から出ていった。
一人になった部屋で、俺は大きく舌打ちをした。

「ったく・・・目の毒じゃ」

脳裏に三津谷の赤い指先がちらついて、その日は寝付きが悪かった。














―――――
落ちるまで秒読み

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ