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□水差しの兵隊
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熱が、冷めない。
昨夜の残像が何度も蘇ってきて、俺はぎゅっと目をつむった。
声を出すまいと両手で口を押さえたまま、反らされた白い喉元。
苦しげに、それでも俺を慈しむように笑って。

(最低だ…)

迂闊だった。
鬼さんが別の部屋に泊まることになって、入江さんと二人になった。
それだけで、まさか自分の箍が外れてしまうなんて、思いもよらなかった。
戸惑いながらも許容してくれた入江さんに甘えてしまって、自分本位に事を進めてしまって。
ああもう、なんて、なんて情けない。

練習に身が入らないまま午前の部が終わり、一度部屋へと戻った。
昼から使用するタオルや靴下などを、急いで準備する。
入江さんと顔を合わせたくないからだ。
手早く終わらせて、立ち上がってドアに向かった。

「お疲れ、徳川くん」

まさにそのタイミングで、ドアが開いて入江さんが入ってきた。
俺は小さくお疲れ様です、と返して、部屋を出ようとしたが、

「待ってよ、逃げないで」

入江さんの手によって、それは阻止されてしまった。
仕方なく、部屋の中に引き戻される。
俺は被告人になった気分で、入江さんの前に立った。

「…もしかして、昨日のこと気にしてる?」

直球の質問に、俺は俯く。
入江さんはくすりと笑って、座ろう、と促した。

「気にしなくていいよ」
「…」
「ちょっとびっくりしたけど、嬉しかったよ?」
「…でも、」
「僕がイケなかったこと、気にしてるの?」
「そ…ういうわけでも…ないことも…ないんですが…」

直接的な表現に口ごもると、入江さんはあはは、と笑った。

「僕はねぇ、徳川くんがすこ―し理性を失ってくれたことが、嬉しかったんだよ」
「り、理性って…」
「だって、そうでしょ?」

反論など、出来るわけがない。
彼の言い分は正しすぎて、もう、完敗だった。
一気に情けなさが溢れてきて、俺は顔を手で覆った。

「……すみません」
「あ―あ―もう、何で泣いてんの…」
「…すみません…」

止まらなかった。
こんなことで泣くなんて、自分でも信じられなかった。

「別に、いじめたつもりじゃなかったんだけどなぁ」
「…っ」
「仕方ないなぁ、もう」

ふわり、入江さんの腕に抱きしめられる。
子供をあやすように、髪を優しく撫でられる。

「徳川くんは、不器用だよね」
「…」
「そんなんじゃ、生きるの辛いでしょ」
「…」
「でも、そういうところ、大好き」

前髪を掻き上げられて、額に口付けられた。
大きな瞳が俺を捉えて、じっと見据える。

「完璧なふりして優しすぎるから不器用で、ポーカーフェイスなふりして分かり易くて、強いふりして弱い所もある徳川くんが、僕はだ―いすき」

彼の言葉には、驚くほどの力がある。
それに太陽のような笑顔が加担すれば、俺は微笑まざるを得なかった。

「だからもう泣かない」

親指で涙を拭われて、そう言い付けられる。
俺がはい、と返事をすると、満足げに頭を軽く叩いてきた。





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「あなたの良き理解者」を前面に押し出してみよう企画
水差しの兵隊は、中世風刺画において「壊れやすさ」の象徴だとか

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